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地元優先・地域密着-図書館の日々

 僕は図書館で働いていた。
 仕事自体はとても楽しかった。
 いろいろあって辞めた。
 辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。

地元優先

 図書館の本を借りるには、各々の自治体で図書館カードの登録が必要になる。このカードの登録には要件を満たしていないと登録できない場合がある。ひと昔前までは「どんな人でも登録できます」というところもあったが、現在では「その自治体に住んでいる人か隣接している自治体に住んでいる人」に制限されていることが多い。特に人口が多い都市部ではほぼそうなっているだろう。この変化には理由がある。

 図書館に来る人の中にはかなりのヘビーユーザーがいる。1日に複数の図書館を渡り歩いている。人口の多い地域だと、自治体どうしの距離も近くて短時間で移動できるのだ。こういう人たちはいくつもの図書館カードを所持していて、専用のカード入れを持っている人すらいる。何かしらのきっかけで話した時に誇らしげに披露されたのだ。もはやカードコレクター。
 こういった図書館愛好者の存在が図書館を支援してくれているのだが、如何せん数が多すぎた。自分が住んでいる地域から離れた場所の図書館で閲覧席やインターネットのサービスを利用する人が結構いて、その人たちが席を埋めてしまうことで地元の人たちが十分に図書館を利用できないという事態となった。そうなると地元の人にとっては不利益となってしまい、納税者へサービスが還元されない。この問題を解消すべく利用者の登録に居住地の制限が設けられることになった。
 このような制度の変更を行うと必ず強い反発が来るので、当時のスタッフたちは説明が大変だっただろう。地元の人にとっては歓迎されたはずだが、声が大きいのはいつも反対する人たちである。
 兎にも角にも図書館カードの登録要件は変わっていった。この変化はもしかしたら都市部に限ったものかもしれない。現在でもカードの登録要件は自治体の方針によって微妙に違いがあるので、引越しなどで新しい土地に行った時には現地で確認した方がいい。

 登録要件の変化に対応したことが他にもあって、館によっては地元の人しか利用することができない席があるところもある。東京都内のいくつかの図書館には「区民席」が設けられている。場合によっては閲覧席のほぼ半数が区民席になっていたりもする。
 図書館は住民の税金によって成り立っているので納税者へ配慮する姿勢は一つの命題であり、果たすべき使命ともいえる。

地域密着型

 地元優先の方針をいい感じで言葉を言い換えていくと、「地域密着型」という表現もできる。
 近年新しく造られる図書館には「地域密着」をコンセプトにしているところが多い。というかほぼそうなっていると考えてもいい。他の記事でも書いたことだが、より多くの利用者を呼び込むためにはゾーニングが必須の条件と考えられている。そのわかりやすい存在が館内に併設されるカフェだ。
 カフェを設置しているところでは館内の資料を持ち込んでコーヒーを飲みながら読書をしてもいい。この形は千代田区の日比谷図書文化館や佐賀の武雄図書館がモデルとなって拡大していった流れだろう。当初は「本にコーヒーが跳ねて汚されてたりしないものか」というような心配もあったがそれは杞憂に終わり、利用者が本を丁寧に扱ってくれることがはっきりとした。
 カフェを設置する利点はいろいろある。
 読書や勉強の間のひと休みの場所としても使えるし、お昼に軽食も取れる。何よりもそこで会話ができる。他の閲覧席とはエリアが隔離されているので音を気にしなくていい。本をきっかけに共通の話題で盛り上がりながら読書を楽しむということも可能だ。
 また、多少の雑音があった方が集中できるという人もいるだろう。いわゆる「ホワイトノイズ」というもので、静かすぎると隣の人の咳払いやキータッチの音が気になってしまうこともあるが、ホワイトノイズの環境下ならそれが気にならなくなる。これは人それぞれだが、この違いを両方とも受け入れられるようになったということだ。
 カフェの併設は図書館の新しい形としてすでに定着しつつある流れだろう。

居心地のいい場所

 カフェに話が寄ってしまったが、重要なのはゾーニングが進んでいる、という点である。カフェに限らず、青少年世代を対象としたエリア分けもゾーニングの一環として導入が図られている。この世代はとにかく図書館利用が少ないのだ。彼らは学校や塾で課題に追われ、部活もこなしている。わざわざ図書館にまで足を運ぶ時間がない。なんなら学校の図書室で十分と考える。遠いし、話もできないし、空調も大して効かない、となると来る理由がない。あまりにも来てくれないので、公共図書館ではこの世代の呼び込みがひとつの課題となっている。各館でイベントの企画など工夫がされているが、日常的に楽しめる場所として成立しない限り、根本的な解決にはならないだろう。その解決策としてゾーニングに効果があることは海外の例からもうわかっているのだ。彼らが勉強しやすかったり話し合いをしやすかったりできる場所づくりも進められている。あとはそれぞれ自治体の計画と予算の問題でしかない。

 人が集まる場所、例えば駅の近くに他の商業施設と結びついたかたちで開設される図書館が増えている。これは都市部に限らず、地方にも同じ傾向が見られる。人の日常的な行動から導線をとり、さらに内部でゾーニングをしていく。こういった設計で人々が自然と図書館という空間を当たり前のものとして生活の中に取り込んでくれることを狙っている。

 居心地のいい空間には自然と人が集まる。
 図書館はそんな居場所として成り立つことを目指している。

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