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『箱男と、ベルリンへ行く。』(十五)


『かっこいいベルリン』
 
私の2月17日は終わりました。2月18日に。
プレミア上映の余韻もなにもなく、自分でもびっくりするほど感情は平穏で、いや、ただただ疲れていただけなのかもしれませんが、少しのビールで頭はしびれ、床についたのでした。
この日、私がしたことと言えば、朝、寒い寒いと文句を垂れ、一度帰宅して、カフェでコーヒーを飲んで、再びポツダム広場へ出かけ、みんなで食事を共にし、少しだけ待って、赤い絨毯の上を歩いて、バッジを配り、映画「箱男」を大勢のお客さんとともに見届ける、それだけです。大したことはしていません。
でも、ガソリンはあと少しで尽きる感じ、次の日に備えて、寝ました。
次の日は、はっきり言って私個人に課せられたスケジュールはないに等しいものです。元々おミソに過ぎないシナリオライターなのですから、当然です。
が、監督始め、俳優の皆さんたちは、引き続き、各メディアからの取材を受ける予定となっています。朝から夕方までびっちりです。本当に頭が下がります。
一応、チーム「箱男」のはしくれとして、帯同するつもりです。
 
それにしても、まだ、ベルリン三日目とはまったく、信じられません。
こうかれこれ三ヶ月にわたって、この、なんだかよくわからない報告文を書いているという、『今の』私の感想もさることながら、実際、現地にいた『ベルリンの』私も、確かにそう感じていたと思います。
なんもないけど、いろいろある、そんなちょっと不思議な日々のただ中にいたわけです。
 
18日の朝、我々は、少し寝坊させてもらいました。それでも、私が一番早く起きたでしょうか。
昨日の英語が通じない、地元のおカミさんがやっているコーヒーショップはおいておいて、反対のベディング駅方面に歩いて行くと、いかにもオシャレなかっこいい人たちが働いている、いかにもオシャレなかっこいいカフェがあるのを見つけたので、起き抜けの三峰さんを連れて、突撃です。
ここは英語が通じましたし、なんと、淹れ置きではありますが、フィルターコーヒーがあるではありませんか。常コーヒー屋はここだな、明日も来ようと、そう、店員のキレイなお姉さんに約束しました。いや、してません。心の中でそう決めました。
 
午前は、コーヒーを飲みながら、ダラダラ。表でタバコ吸ったり、三峰さんが持ってきたトレーニング用チューブで遊んだり。
 

チューブで遊んだり。


この日は、もう、服装は迷いません。伊勢丹印のボススーツはもうお役御免です。冬用のカジュアルセットアップにきっちりダウンを羽織り、準備万端、いざ出発。
 

昨日とはちがう装いですね。


この日も、まずはなにはともあれHumboldthain駅から始まります。
すこし裏道を通って駅まで行きましょうかということで、大通りから逸れ川沿いへ。途端に緑に囲まれたうらぶれた裏通り感満載。

なにかに反応しているようです。


裏通り。


関さんのもくろみは、もっぱらミニチュア箱男の撮影です。『箱男はどこにいるでしょうか』シリーズの。
まあ、いたるところフォトジェニックで、色んな場所にミニチュア箱男を置いて、撮影いたしました。

どこにいるでしょうか。


やがてUバーンの高架トンネルをくぐると、建物に囲まれた川沿いの広場に出ます。

オジさん二人の背中は絵になりますね。いや、なりませんね。


トンネルを抜けると……、ドイツ人がカンフーの練習をしていました。


雰囲気はまさしく想像していたベルリンそのもの。なんとなくうら寂しくて、インダストリアルでアーティスティック。個性的な建造物の壁面はほとんどグラフィティで埋め尽くされています。いわゆる雑居ビルのようですが、東京の雑居ビルとは趣はまったく違います。

渋谷区にこれがあったら、私は絶対廃ビルだと思いますね。


調べて見ると、中にはソフトウェア企業や、クラブ、ギャラリー、フィットネスクラブなどなどがテナントとして入っている模様。
『……かっこいい、かっこいいぜ』
 

広場を抜け、駅までの道。フツーに建っている集合住宅もところどころポストモダン。


気付けば、時刻はもうお昼。少々、空腹を覚えながら、もう勝手知ったるSバーンを、Humboldthain駅から、ポツダムプラッツへ向かいます。
「なに食う?」をお互い連発しながら、とあるフードコートへ吸い込まれていきました。
実は、私は、「小麦」が苦手です。別にアレルギーというわけでもないのですが、食べると、お腹を下し、頭痛がします。かれこれ8年くらい、パンもラーメンもうどんもピザも食べておりません。大好きなのに。いや、体調と食欲を天秤にかけるなら、体調を取るような年齢になったということです、残念ですが、仕方ありません。そして、こんな私の食事情を三峰さんも関さんもよく心得てくれております。「めんどくせえな」と私に吐き捨てながらも、「フードコートなら食うもんあるだろ」ってなもんです。優しいです。
 
大本営宿営地のホテルの向かいにあるマニフェストマーケットという、日本でいえば、いや、日本で言わなくても、モールみたいなでっけえ商業施設の0階は一面フードコート。
カフェにハンバーガー、ラーメンに中華、いろいろあります。思わず目移りしてしまいます。
その中でも私が選んだのは、タコス。メキシカンですよ。


メキシカン、メキシカン。


メキシコ料理は、なんつったってトウモロコシ粉がメイン。小麦を避けられるはず。
でも、よくよく見ると、タコスの皮はフラワーと書いてあります。くそ、タコス、食べたかった。私はナチョスを頼みます。連れ合い二人はもちろんタコス。
んで、出てきたのは、これ。
 

うまいんだけどね。


うまい、うまいんだけど、言うなれば、チリソースとチーズソースがかかった夥しいドリトス、しかもプレーンドリトス、ものの二三咀嚼で飽きました。ごめんなさい、全部食べきれません。

一方の三峰さんらが食べたタコス。こっち食べたかった。


しかし、サーブしてくれる店員さんたち、顔には至る所にボディピアス、厳選して入れたであろうハイセンスなタトゥー、髪型もソリッド、みな個性にあふれています。
『東京ならまちがいなく面接で落とされているだろうなぁ、いや、履歴書の時点で無理だろうなぁ』という人たちがハンバーガーをサーブし、ラーメンをサーブしています。
『いいじゃん、いいじゃん。かっこいいぜ』
 
この日の取材の場所は、ベルリン国際映画祭の公式ホテルでもあるグランドハイアット。タトゥーガールズメキシカンフードコートのほど近く、昨夜のレッドカーペットの目の前です。
受付でこれ見よがしに、映画祭のIDパスを見せびらかし、余裕で通過。無事、二階にあるプレスベースにサクセス(アクセス)です。

これな。


まあ、いっちょ、コーヒーでもしばきますか、ということで、見るとずいぶん豪華なクラフトコーナーがあります。
「コーヒープリーズ。キャナイペイバイフォーン?」と、私。
すると、サーブする店員さん、『ははは、なにを前近代的なことを言っているんだい、君は?』顔で、システムを説明してくれました。
なんでも、カップを買うんだと。いや、デポジットを払って、プラカップを借りるんだと。
で、そのカップを持っていれば、館内の飲料は全て無料なんだと。その代わり、自分で洗って使うんだと。結果、帰る時になったら、そのプラカップを持って帰ってもいいし、ここに返してくれてもいんだと、返してくれたら、デポジットは返すんだと。
「はぁー、めちゃ、環境に配慮ですわ! エコですわ! エコロジーですわ!」
『かっこいいですね』
(結論から言うと、ホテルを出て帰る時間、5時過ぎ、デポジット返してぇと思ってクラフトコーナーに持って行くと、『ごめん、ここ五時まで、また明日ね』とすげなく断られました。明日!? プラカップのこのこ持って、もう一回……、来るか! デポジット返せ! あらいいですね、記念にプラカップ持って帰りましょう、ってならんわ!なにが環境に配慮だ。と思いながら、ベルリンの街をプラカップ片手にぷらぷら。ゴミ箱に捨てましたわ。エコじゃない、これはエコじゃない)
 
さて、取材はさっそく始まっております。
石井監督、キャストのお三方、揃って。私は取材陣の後ろでまずは見守ります。

記録に余念がありませんな。


それが終わると分科会。監督は監督だけで取材三社対応です。私は、もう、監督の守護霊、いや、もとい、背後霊として、背中にぴっちりはりついて、お話しをただただ聞く役に徹します。もちろん、一言も発しません。うんうんと頷き、時に笑顔、時に「?」顔、なんというか、ゆるキャラというか、うなづきマーチというか、そういうことです。

背後霊。


とはいえ、時折、その場を離れ、タバコタイム。入場規制係のおっちゃんと、無言で挨拶を交わす粋な仲になったり、喫煙所で某メディアの方と煙草ミュニケーションしたり、なかなか楽しい。

一応、楽しいの図。


そんで、グランドハイアットは、まあ、絢爛で豪華。はい、見つけました。お部屋の名前は、建築家。くぅー、いなせですわ。

ARATA ISOZAKI


わたし達「チーム箱男」の部屋は、『Hans kollhoff』でそのお隣は、『Arata Isozaki』、反対隣は、『Richard Rogers』、もう最高。
『かっこいいぜ』
 
ちなみに、私、石井監督とは、もうかれこれ、15年近く、お付き合いをさせていただいているはずなのですが、あまり面と向かって、『一緒に写真を……』と、なかなか言い出せなくて、あまり一緒に写真を撮ってもらったことがなかったのですが、『一緒に撮ってもらうならば、ここなのでは?』と思い立ち、三峰さんに頼んで、監督との2ショットを撮ってもらいました。

なにげに、偶然、靴が一緒なんですわ。


石井監督は、私の中でいつでもヒーローです。ほんとうにかっこいいです。
 
取材の後、わたし達三人は移動です。この日も、大本営の計らいで、現地コーディネーターご紹介のレストランにて、チーム箱男ディナーだそうです。
ポツダム広場から少し歩こうということで、ライプツィガー通りを一路、東へ。ポツダム広場ではなかなかタクシーが捕まらず、歩いてりゃどっかで拾えるんじゃねって感じで、ぷらぷら歩いて行きます。(途中、ゴミ箱にくだんのプラカップ、捨てたりましたわ。だって、持ってたってしょうがないじゃない)
でも、なかなかタクシー捕まりません。で、やっと捕まった。
乗車すると、運転手さんは、なんでもトルコ出身のおっちゃん。もう、底抜けの陽気さで、乗るなり「中国人?韓国人?」の質問攻め。
三峰さんが、流ちょうな英語で「日本からきたんです。ベルリン国際映画祭に参加するために」と答えると、運転手さんのテンションマックスぶち上がりで、「日本人! 日本最高!」
で、知ってる日本のこと、ベラベラベラベラ、言いつのります。
でも、英語はめちゃくちゃ、かろうじて、TokyoとかToyotaだの聞き取れるくらい。
それは、運転手さんも心得ているようで、「オレの英語はめちゃくちゃさ、でも、熱意が伝わればいいのさ。伝わるだろう? なにせ、オレの英語は、タクシーイングリッシュだからさ、ワハハ」てな具合で、もう、わたし達も運転手さんも終始ゴキゲン。
「運転手さん、あんたかっこいいよ」
そういえば、ベルリンで何度かタクシーに乗りましたが、どの運転手さんも、タイプはあれど、みな優しくてジェントルマンでした。なにか、そういう慣習があるのかと思うくらい。
 
そして、タクシーイングリッシュを操る運転手さんに、ベルリンで一番うまいトルコ料理屋を教えてもらったりしながら(どこかは忘れましたけど)、たどりついたのは、その日のレストラン、スリーシスターズという場所。そこは、Bethanienという一見すると教会のような建物の中の一角にあります。
しかし、中に入ってみると、まるで迷路。一角には、ドイツではある種名物的なアポテーケ(薬局のことね、ドイツは伝統的に薬学がすげえ発展してるんですわ)があったり、しかも、えらく古い雰囲気の。
 


営業してるかどうかは定かではないですが。


ちなみに、このベサニアンという場所なんでも、1840年代プロイセン時代に建てられた医療施設なのだとか。
いわく、フリードリッヒ四世の命で建てられた『階級や信条、男女に関係なく』『看護師を訓練するための研究所』なのだそう。うわぁ、めっちゃリベラルぅ。当時で、ベッド数500、看護学校、孤児院を備えた病院だったんだってさ。
そら、明治期、日本が医療の模範国にドイツを選ぶわけだわ。
だって、1840年代って、江戸末期よ。もちろん、日本にも似たような施設はあったよ。小石川療養所、『赤ひげ』で有名ですよね。でも、小石川療養所って今、残ってる? 東大に払い下げられて、今は井戸が残ってるだけよ。
でも、ベルリンは、当時の建物そのまま、どころか、中に、クラブにギャラリーに音楽学校にレストランに野外映画館が入ってますわ。
「クソかっこいい!」
で、館内には、音楽学校の生徒がうろうろしていたり、見るからにアートスクールの学生風な男女がうろちょろしていたり、私、なにもわからないながら、鼻が利きました。
「なんか、アートの匂いがしますぜ」
迷路みたいな通路を奥へ、奥へ。ありましたありました。(読み方は全く分かりませんが)Kunstraum Kreuzbergというギャラリーです。目下、若手コンテンポラリーアーティストたちによる展覧会が催されています。
こんな感じ。

ここが受付。


Sungsil Ryu, Big King Airlines New Engine Fundraising Drive.


Ndayé Kouagou, The Guru


Luke van Gelderen, HARDCORE FENCING and END IN BURNING FLAMES OR PARADISE


Jenkyn van Zyl, Surrender


Auto-Haunt, Laura Lulika


通路の壁も、こんなグラフィティ。
こんな感じ。

家男


家男、バイクに乗る。


ほとんどの壁に落書き。


悪男、悲男


まあ、堪能しましたよ、アートの息吹を。
で、入り口のホールに舞い戻り、各所を観察。吹き抜けのホール、壁面は幾重に重なるアーチの壁。

復活の前すかね。


天使に起こされるキリスト、これも復活の場面すかね

アーチの頂点には新約聖書由来のレリーフ、そんな超近代的で敬虔な建築物に惜しみなく描かれるグラフィティ。私はカルチャーショックを受けましたよ。

でも、壁にはラクガキ~。
『KEINE LUST』=no desire=欲望なし、だそうです。


『これは、自由だ!』
だって、わかります? 神社に落書きしただけで全国ニュースになる国に暮らしてるんですよ、私は。
『くそ、悔しいけど、かっこいいぜ』
 
続々と、チーム箱男が、スリーシスターズに集まってきます。

元は病床だったんですかね。


こういう自販機で煙草買いてぇ。


いやぁ、雰囲気良しです。でも、よく考えたら、孤児院か看護学校か病院でメシ食ってるわけですよね……、まあ、それもよし!
昨晩はビールがまんしたから、今日はいいだろってことで、頼んだらこれですわ。でかいのよ、とにかく。


でかいのよ。

すぐ、トイレに行きたくなります。
で、トイレがコレ。

ラクガキしないと死ぬ病でも罹ってるんでしょうか、それとも親の仇か。


なんつうか、大竹伸朗感あふれるトイレっつうか。
クソ、トイレまでかっこいいのかよ。
 
んで、かっこいい、かっこいい言っていたら、『あれ、疲れてる、マジで疲れてる。オレ、いつになく疲れてる。今年イチ、いや、ここ三年で一番疲れてるかも』

寝ようか、迷ってます。


頼んだお肉は美味しいけど、付け合わせのインゲン豆が、今まで食ったインゲン豆の中で、シェフ呼んで、「塩抜き、教えましょうか」ってくらい、一番塩辛かったし。

箱男君もびっくりの塩辛さ。


チーム箱男の島以外にも、おそらくベルリン国際映画祭に参加しているどっかの国の映画のチームもいたりして、店内は喧噪で満ちています。私の耳に届くそれは、グワングワン反響し、『もういいや、ここで寝ちゃおうかな』、いやいやそれはマズイということで、中座、外へ出て一服、煙草をかまします。


気付けば、ベルリン着以来、ギリギリ耐えていたような天気も限界を迎え、とうとう雨模様。天気、よくぞここまで耐えてくれました。そして、雨に煙るベルリンの一角から望む風景もまたかっこいい。
 
その日のそれ以降のことはもう覚えていません。
おそらく、帰宿してシャワーも浴びずに寝た気がします。
こうして、私のベルリンでの日々は過ぎていきました。
いや、違う。あと一日あるぞ。


(つづく)

(いながききよたか)


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