歯学部出身のタクシー運転手

 「すいません、池袋駅まで。」
 タクシーに乗り込んだ。運転手が扉を閉める。運転手はチラチラとバックミラーを見ている。見ているのは私ではない気がする。車は目白通りを直進している。
 「お客さん、歯磨きしてます?」
 「はい?」
 通常、タクシー車内で聞くことのない問いかけに、少し驚いてしまった。
 「歯磨き」
 とタクシー運転手はもう一度言って、右の手でブラッシングする真似をした。歯磨きを知らないと思われたのか。
 「ええ、まあ。毎日。」
 訝しげに私が答えると、運転手はわざとらしく驚いてみせた。
 「へー。本当ですか。」
 失礼な奴だなと思ったが、揉めたくもないので黙って座席に寄り掛かった。運転手は、少し不思議そうな表情でこちらを見ている。
 私が不機嫌そうな表情をしていたからか、運転手は駅につくまで口をきかなかった。
 「お客さん、本当に大丈夫ですか?」
 「いやちょっと、意味が分からないんですけど。」
 「でもお客さんがタクシー呼んだんですよね、アプリで。」
 「そうですけど、だからってなんなんですか?」
 運転手は「だから嫌だったんだよな」「アプリももっとわかりやすくさ」などと独り言をいっている。アプリで支払いは済んでいるので特に礼を言うこともなく、私はタクシーを降りた。
 アプリをもう一度見てみると、そこには「タクシー歯医者アプリ」

(了)

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