人混みで歩けない実家

  三年ぶりに地元に帰ってきた。この辺りも変わらないな、駅前の居酒屋がドーナツ屋になってたのは驚いたけど。
 実家に着く。戸建て。二階建て。5LDK。鍵が開いていたのでドアを開ける。開けると、人がいる。いる。一人や二人ではなく、たくさんいる。ぎゅうぎゅうで入れない。たしかに、ここは実家のはず。表札を見返す。沢田。確かに。

 「か、母さん?父さん?いる?ねえ、母さん?」
 呼びかけると、居間の方から声が聞こえる。
 「あら研二?おかえりー。いつ帰ってきたの?」
 朗らかな声が聞こえる。目の前の人が訝しげにこちらをにらみつける。廊下で人がひしめきあい、二階へと続く階段は今にも将棋倒しになりそうだ。
 「あ、いやさっき。バスで。ていうか、母さん、これなに?」
 「なにってなによ。」
 「いやだからさ、すごい人が」
 隣の人の足を踏んでしまったようで、「ちっ」と舌打ちされた。思わず「すみません」と言ってしまう。
 「ああ、まあ気にしないでよ。最近はどこも混んでるから。」
 「俺、そっち行きたいんだけど、どうにかなんない?」
 「自分でなんとかしなさいよー。」
 とりあえず「すいません、すいません」と言いながら人の波をかきわける。「いてっ」「あっ」「んだよ」と言う人の声。やっとリビングに辿り着いたが、ここも人だらけ。母さんの姿が見えない。
 「母さん、どこ?」
 「ここよー。」
 母が、庭へ続く窓の隅でせんべいを食べながら手を振っている。
 「母さん、どうしたんだよ。なあ、母さん。父さんはどうした?裕子は?サリーは?」
 裕子は妹で、サリーは犬だ。
 「まあどっかにいるんじゃない?ほら、あんたの後ろとかさ。」
 僕は後ろを振り返る。少し髪の毛の薄い爺さんがいる。背筋はしっかりとしている。こちらを見て、うっすらと笑みを浮かべた。敵意はなさそうだ。はじめまして。
 「ちょっと、まじで意味わかんないんだよ。なんなの?ねえ、どういうこと?」
 母さんはずっとせんべいを食べている。僕を見ているはずのその目は不思議と僕を見ていないような感じがするし、かといってこの部屋にいるたくさんの人間のどれも見ていない。

(了)

それではまた。

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