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 陶淵明はこれからも良寛禅師同様、生涯座右の漢詩人となりさうですが、次に「書き込み読書」の対象になったのが、今まで読まず嫌ひで通してきた幸田露伴でした。読書習慣のなかった高校生の頃に(課題図書だった?)手にした「五重塔(明治25年)」に歯が立たず、以来ずっと敬遠したまま。その後江戸時代の郷土詩人に興味を持ち、森鴎外の史伝三部作に親しんだ(漢詩史料として接してきた)折に、幸田露伴もまた鴎外同様の薀蓄の持主であると仄聞したものの素通りしてをりました。
 明治の文豪――。夏目漱石については漢詩を読んで認識はすでに改まってをり、となるとあとひとり読んでおきたいのはやはり幸田露伴。先日失業保険の説明会があった図書館での待ち時間に所在なく、たまたま手に取ってみた文庫本の、短さうで読みやすさうな「幻談(昭和13年)」を覗いてみてゐるうちに、落語を彷彿させる語りに惹き付けられてしまひました。
 さうなると自分は図書館の本では用が足りません。読書ブログ「松岡正剛の千夜千冊」にあった評言をみて古本を注文しました。

「単一の作品集では筑摩の「現代日本文学大系」が一番よくできています。さっきから出ている『風流仏』も『五重塔』も『二日物語』も、むろん『連環記』も入っている。とくに『評釈猿蓑』が収録されているのがいいね。あの一冊は、すばらしい編集です。」

筑摩書房「現代日本文学大系 4」幸田露伴集

 今は文学全集の端本や個人全集の旧版など、捨てられてゆく運命の本がびっくりする廉価で手に入ります。附箋を貼ったり読書ノートを作る必要もなく、不明な用語・気に入った文章にペンで書き入れながらの贅沢な読書ができ、そのまま自分だけの愛読テキスト本になるのでお勧めです。かつて私が図書館を逐はれた際に、寄贈した500冊の本を返してもらったのですが、小口や奥付に大学図書館の蔵書印がべったりと捺されてゐるをみたとき、市場価値のなくなった本を眺めながら、自らの浅はかさとと共に本に対する認識もがらりと変りました。(翁も曰く「年をとるとケチになる」と・・・。)

 それはさておき、再度挑戦した「五重塔」も此度はよく分かり面白かったです。やはり出会ふべき時期といふのはあるのでしょうね。少々遅すぎましたがまだまだ間に合ふかと一篇また一篇、スマホと漢和辞典を横に置いて不明な語句や典故をしらべながら今日は「運命(大正8年)」を読み了ったところ。「当時(明代)の小説を伝ふるのみ」といふものの、建文帝の素性発覚の条りでは、斯様の文体に拘らず不覚にも目頭が熱くなりました。後半の論賛にあった「四蠧」の説 ※1 が面白かったです。
 また連環記(昭和15年)」や「蒲生氏郷(大正14年)」の中には、フェミニストや歴史家が眉を顰めさうな条りが2、3カ所ほどありました※2。「紅露時代」と称された尾崎紅葉はもとより、同世代の漱石・鴎外よりも長く生きた(昭和22年80歳没)からこそ出た辞柄といへるかもしれません。そのせゐでもないでしょうが、人情を穿つ手練手管(僅かな掛け違ひが仇敵に変じてゆく愛憎悲劇を書き起こす上では漱石に勝り)や、日本人が忘却した和漢の薀蓄 (同じく博識でも世古に長けた文辞を駆使する上では鴎外に勝る)と、鴎外漱石の二者に劣らぬ文才を具へた持主であるのに三大文豪に数へられることとはない。残念です。
 漢語が並ぶ森鴎外の史伝の謹飭にして鷹揚な筆致を嫌ふ向きには敬遠されるだらう露伴翁が好きになりました。私如きが宣伝する用もないのですが感想を凝縮しての一句、
    「親切」か「大きなお世話」か大露伴。(笑)。

 尤も世の女性を腐したそのすぐ後には

「詩人や歌人といふものは、もとより人情にも通じ、自然にも親しむものであるが、それでも兎角奇特性があつて、随分良い人でも常識には些(ちと)欠けてゐたり、妙にそげてゐたり、甚しいのになると何処か抜けてゐたりするものがある(「連環記」)」

ともあり、ぎゃふん。となったのでしたが。

 とまれこれまで興味の範囲外だった時代や人物についての話が多く、上は歴史・宗教の学芸知識から、下は大工・魚釣の庶民知識に至るまで、自分が如何に言葉を知らなかったかを、これでもかこれでもかと知らしめてくれる文豪とこの年で出会ふことができました。いつも明治村に行くと「こんな家に住みたいなあ」と思ってゐた移築旧居「蝸牛庵」でしたが、今度行ったら感慨も尚更に深いことでしょう。濡れ縁に座り込んでゆっくりした時間を過ごしたいです。


※付記:1 「四蠧」の説は「遜志斎集」第一巻「雑戒」中にあります。所謂「清言」の類でしょうか。

学術の微なるは、四蠹これを害すればなり。
姦言をかざり、近事をとり、時勢を窺伺し、便に趨り隙に投じ、富貴を以て、志と為す。此を利禄の蠹といふ。
耳剽し口衒し(耳学問を言いつのり)、色をいつわり辞を淫にし、聖賢に非ずして、しかも自立し果敢大言して、以て人に高ぶり、而して理の是非を顧みず、是を名を務むるの蠹といふ。
鉤摭(探求)して説を成し、上古に合するを務め、先儒を毀訾し、おもへらく我に及ぶなき也と、更に異議を為して、以て学者を惑はす。是を訓詁の蠹といふ。
道徳の旨を知らず、雕飾綴緝して、以て新奇となし、歯を鉗し舌を刺して(だんまりを決め込み)、以て簡古と為し、世に於て加益するところ無し。是を文辞の蠹といふ。
四者こもごもおこりて、聖人の学ほろぶ。

小樽商科大学 附属図書館 特殊文庫・貴重図書全文画像データより。

※付記:2
その「連環記」ですが今期のNHK大河ドラマ「光る君へ」の折から、赤右衛門(倫子サロンのお姐様)をはじめ、御馴染みの名前もちょこちょこ出て参ります。(それをいふなら「蒲生氏郷」は「独眼竜政宗」を言はないといけないかな。)

🍶 杉板の焼味噌で呑む春の幸 (「野道」)

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