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邦画「ソロモンの偽証」を見て

「久しぶりに面白い映画を見た」と言うと多少の語弊があるかも知れない。世の中に面白い映画というのは数多くあるが、面白い映画の中でも「語りたくなる映画」というのは案外少ないのではないかと思う。今回見た「ソロモンの偽証」は私的にそんな語りたくなる映画だったのだが、劇場放映期間中に誰かと一緒にリアルタイム視聴をしたワケでもなく一人孤独にアマゾンプライムビデオで視聴したので特に語らう相手も居らず…。かと言って語らうがために「ソロモンの偽証って映画すごい面白いから見てみて!」と周囲に触れ回った所で実際直ぐに見てくれる人間というのはなかなか居ないもの。よしんば直ぐに見てくれる人間がいたとしても、それが自分と大きく懸け離れた感性の持ち主であれば全く刺さらなかったりする可能性も無きにしも非ずなので、こうしてお茶を濁すかのように独り言をnoteに綴る程度に留めるのが無難なのだ。

本作は直木賞作家である宮部みゆき先生の同名小説を原作とした劇場化作品であり、放映時は前篇と後篇で分割して1ケ月程度間を開けての放映だったようだが、前述の通り私はリアタイ視聴ではなくアマプラ視聴だったので全篇を一気見する事が出来た。故に各篇を分割して語る事は控えるし原作小説もドラマ版なんかも未視聴なので、あくまでも邦画としての本作のみを語るが未視聴や未読な方にも最大限の配慮をした上で語ろうと思う。要するに「ネタバレになりそうな事は書かないから、これから作品に触れてみようと思っているオトモダチも安心してねミ☆」という事なので、読者諸君は良心的な私に向けて惜しみない賛辞を送ってくれたまえ。

さて「ソロモンの偽証」とタイトルからして些か重々しい本作であるがジャンルとしては何に分類されるのが適切だろうか。調べてみるとミステリーに分類されるケースが多いようだが、私としてはそれには同意しかねる。むしろこれをミステリーと捉えている人は本作を純粋に楽しめているのか疑問に思う程である。「あ゛ぁ?だったらテメェは何に分類すンだよ!」という読者の怒号が聞こえてきそうなので勿体を付けず早々に自論を述べてしまうと本作は「青春群像劇」に他ならないと思うのだ。確かにガワはミステリーそのものなのだが伝えたい事や描きたかったモノの本質を考えると、やはり本作は青春群像劇に分類せざるを得ないような気がする。
「幼さ」から「若さ」へと移行しようとしている最中の中学生達。彼らの纏う独特な香りを一言で表すのはとても難しいが、作中で最も明確に表現されていたのは「過ちを認め、正しくあろうとする青臭さ」であったように思う。大人になるにつれ失われていく事の多いソレを分かりやすく「思春期特有の正義感」なんて言い換えてみても良いだろう。それを真っ当に展開しているのが涼子や神原君で、激しく拗らせ過ぎているのが柏木君。学生裁判に反対する教師達や樹里の母親なんかは喪失した側として対比となっている恰好だろう。それぞれの登場人物に好き嫌いが生じる事は間違いないが、本作ではどちらが善だ悪だと断じる事はないし、むしろ失う方が自然であり元々有していたモノであるから再び思い出す事も可能であると言っているように思う。そんな良くも悪くも説教臭くない映画なので、どういう立ち位置で見てもモーマンタイなのでご安心なされよ。

以上、好き放題に語らせていただいたワケだが、とにかく私には刺さりまくりな作品だった。ただ文句を付けずには居られない箇所も幾つかあったので箇条書きにて指摘する。
・回想シーンの挿入の仕方や表現方法が下手で混乱する。
・あの時代に電話の着信履歴なんてモノは存在しない。あったら警察の逆探知すらも不要になってしまう。
・ラストで現代の校長先生が言う「トシをとれば大抵の事じゃ傷つかないし、自分を誤魔化す事だけは上手になっちゃう」というセリフは作品テーマの核心をそのまま喋っているようで説明過多に感じる。
幾つか文句を付けたとは言え、数少ない語りたくなる名作である事に違いはない。今では多くの動画配信サービスで視聴する事が出来るので気になった方は是非とも視聴してみて欲しいと思う。

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