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いい香りのする子だね、って思ってもらえるように

「ゆうさんって、いい匂いがするね。いつも、ほんとにきれいにしてもらっているわね。」

先日、訪問診療の眼科の先生から、こんな、とっても嬉しいことを言われた。

彼女を毎日お風呂に入れてやれなくなって、何年が経つのだろう。


25歳になる二女のゆうは、筋肉が壊れていく難病で、現在は気管切開をして人工呼吸器を常時つけている。
動いたり、食べたり、話したりすることが、今ではできなくなってしまった。

入浴での体の負担がとても大きいので、最近では週に2日のシャワー浴をしてやるのが精一杯だ。

清拭(身体拭き)だけで済ませる毎日だけど、あたたかいタオルで念入りに顔や身体を拭き、口の中も清潔を心がけて口腔ケアを丁寧にしている。
シンプルでも可愛らしい洋服を着せ、髪をおだんごヘアに結び、さっぱりときれいな子でいられるように、できる限り、心を配ってきた。

肢体不自由の娘は、親以外の方に抱っこしたり、近づいて関わりを持ってもらうことが多い。
だから娘が小さな頃から、夫は繰り言のように、私に言っていた。

「ゆうは、いつもシャンプーのいい匂いのする子でいてほしいんやわ。」

私もずっと、そう思って娘を育ててきた。



娘が赤ちゃんの頃から、毎日の彼女の風呂担当は夫だった。

湯船の中で身体も洗い、念入りに髪も洗い、私が風呂場へ娘を迎えに行く時に、さっとシャワーで娘の全身を流して終了。

こんな感じ


娘は身体が小さかったので、特別支援学校の小学部低学年くらいまで、このやり方を続けていた。
ぷかぷかと湯船で浮いているので、筋力が弱くて首がすわらない娘でも、安心して洗える。

娘はいつもシャンプーの香りがしていた。

「ゆうちゃん、何のシャンプー使ってるの?いい匂いね。」

と、園や学校の先生に何度も言われたのが嬉しかった。


娘が小学部高学年になり、胃瘻を造った頃から、彼女の身体も大きくなり、湯船の中では全身を洗えなくなった。

低緊張でふにゃふにゃした身体の娘は、座る姿勢には一切なれない。
だから、湯船の外に娘を寝かせて、身体も頭も洗ってからシャワーで流し、最後に湯船で温まる、というような手順に変わってきた。

イラストの桶のある「洗い場」に、マットやタオルをひいて、娘を寝かせていました。



その時も、夫がひとりで娘を風呂に入れてくれた。
私は娘を風呂場へ迎えに行って、抱っこで娘をもらい、リビングのベッドへ連れてきてから彼女の着替えなどをする、という役割だった。

そのくらいから、娘を風呂に入れるのが一日おきになって行った。


娘が特別支援学校を卒業した翌年、気管切開の手術をして、一段と娘を風呂に入れることが難しくなった。
首に空いた穴から水が入ったら、娘は窒息してしまう。だから、彼女を湯船に入れるのも怖くなった。

夫が娘を抱っこしてくれて、その間に私が娘を洗ってシャワーで流す、というやり方でチャレンジしたが、夫の抱っこも5分と持たないし、洗っている私も中腰なのでつらい。

抱っこされている娘も、側湾の背骨を無理に縮めるような格好になるので、長時間抱っこされるのは息苦しいし、痛い。
だから、このやり方は彼女にもしんどいものだった。

あくまでもイメージです。
娘はもっと小さいですが、30kgの体重。
しかも関節が弱くて脱力しているので、抱っこには神経を使います。
夫は湯船の縁に腰かけていましたが、腕はプルプルです。


娘を風呂に入れることを悩んでいた私たちに、医師が、訪問入浴を利用するように勧めてくださった。

自宅に湯船を持ってきて、リビングで風呂に入れていただけるありがたいサービスだ。
専用の機械を使うので安全だし、看護師やヘルパーさんが3人も来てくださるので、安心して娘も入浴ができる。

しかし私は、どうしても訪問入浴に抵抗があった。
リビングが風呂場になることにも、他の人が来て娘を入浴させることにも違和感を感じるし、何より、親が風呂に入れてやれないことが寂しかったのだ。

「いい香りのする子でいられるように」という私たち親の想いは、私たちが誰にも譲りたくない意地のようなものでもあった。

だから、夫とも話し合って、訪問入浴をお断りした。


訪問リハビリの先生からも、風呂の福祉用具を使ってみることを勧められて、ネットで片っ端から使えそうな物を調べてみた。

娘が横になったまま使えそうな、ハンモックみたいなものもレンタルで試したが、親が常に中腰の作業になるため、とても使いにくかった。

我が家の風呂場にも娘にも、ピッタリくるものがなかなか見つからない。


途方に暮れながら、必死で『抱っこのシャワー浴』を続けていたある日、「俺が台を作ってみるわ。」と、夫が言い出し、娘を寝かせられる台を作成してくれることになった。

日頃使っているリビングの介護ベッドの高さを目安に、ベッドや風呂の間口、湯船のサイズなどを丁寧に測定した夫は、設計図を書いて、ホームセンターで木材などを買い込んだ。
そして、数日かけて日曜大工で作った風呂用の台は、びっくりするほどピタリと湯船の上におさまった。

スノコになっている表面にお風呂マットをひき、バスタオルをさらにひいてから娘を寝かせると、ちょうど腰を曲げなくても良い高さで私たちも作業ができる。

シャワーの水も、うまい具合に下に落ちるし、娘も横になっているので、抱っこされるよりも苦しくない。

既製品にはない、我が家専用の福祉用具だと思った。

「俺って、時々神が降りてくるんやわ。」と、夫も自画自賛していた。


こんな感じです。
ぬいぐるみのように、娘が横になります。
私たちは立ったままで、台の上の娘を洗うことができます。


風呂場では、夫が得意のシャンプー担当、私は、娘の身体を洗うのが担当だ。
二人が並んで娘をきれいにするのは、やっぱり嬉しい。

娘は、シャンプーをされるのが大好きだ。
目をつぶって気持ち良さそうな顔をする。

小さな頃からずっとお父さんの手がシャンプーをしてくれた。
めちゃくちゃアワアワにして、美容師さんのような絶妙な手付きで丁寧に長い髪を洗う。


風呂場では人工呼吸器を外しているので、娘の顔色や簡易モニターの数値を見ながら、時々アンビューバック(蘇生バック)で呼吸を整えたり、痰が上がれば痰吸引をしたりする。
常に気が抜けないけれど、娘は基本的に風呂場では安定している。

それでも長時間は厳しいので、手早く終了して娘をリビングへ移動させる。


風呂場とリビングの往復も、抱っこは親も子も負担が大きいので、夫は、娘専用の移動する台車も作ってくれた。
だから風呂場とリビングの往復も、それに娘を寝かせて、楽に廊下を移動できるようになった。

娘を寝かせて、廊下を移動します。
下の台に、痰吸引器やアンビューバックなども置けます。



風呂から出たら、私の役割だ。
服を着せて、髪をしっかりと乾かし、いつものおだんごヘアを結う。
胃瘻部分のガーゼ、気管切開部のガーゼを交換して、歯磨きを念入りにする。
娘は25歳、化粧水だって乳液だって、大事大事。

お肌スベスベ、ピカピカの、いい香りのする娘の出来上がりだ。



私たちも歳をとってきた。
時間もかかるこれだけの作業は、週2回でも体力的にいっぱいいっぱいだ。

いつかは、このやり方にも限界が来て、訪問入浴などの福祉サービスを利用する日が来るかもしれない。

でも、もうしばらくは、こうやって夫とふたりで頑張ってみたい。
娘が、いつもシャンプーのいい香りがする、きれいな子でいられるように。




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