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性的コンテンツは犯罪を引き起こすのか?

はじめに


 1月19日、衝撃的な報道があった。

小学生の女児らにわいせつな行為を繰り返したなどとして、大阪府警捜査1課は19日、強制性交致傷などの疑いで、吹田市桃山台の無職、柳本智也被告(26)=強制性交罪などで起訴=を再逮捕したと発表した。「成人女性だと抵抗されて警察に通報されるかもしれないという考えがあり、小学生の女児を狙った」と容疑を認めている。柳本容疑者は平成28年以降、6年以上にわたって帰宅途中の小学生の女児を狙った犯行を重ねており、府警は計10人の被害を裏付けた。盗撮容疑などを含めた計40件を立件し、捜査を終えたとしている。

https://www.sankei.com/article/20230119-QFLWUTUREVP3NP5JV5HCEJYZWY/

 簡単に言えば、この容疑者は強制性交致傷などの疑いで逮捕されたが、容疑は計40件にも及び、被害女児は10人にも及ぶということである。容疑者は容疑を認めており、捜査も終了したとのことだ。
 この件は極めて悪質な犯罪であり、到底許されるものではないだろう。世間もこの件について強い怒りを感じているようだ。

 さて、この件について、Twitterでは少し別の論点が浮上している。それは、下記の事実に基づくものだ。

柳本容疑者は「大学生のころ、アダルトサイトで見た漫画の内容をまねした」と供述している。

https://www.sankei.com/article/20230119-QFLWUTUREVP3NP5JV5HCEJYZWY/

 容疑者が「エロ漫画」を真似て犯行を行ったという事実が明らかになるや否や、Twitter上では「やはり性的コンテンツは犯罪を引き起こすのだ」という言説が相次いだ。


 勝部氏のこの発言はかなり直接的なものであるが、それ以外にも「どうするんだ表自・オタクども」のように、これまで性的表現の自由を擁護したり、性的コンテンツを愛好してきた人たちにあてこするような内容のツイートもある。
 なぜこうした「表現の自由戦士、オタク」に対するあてこすりが生じているのかと言えば、性的表現の自由を守る立場の人が「表現の影響はない」論を提示しがちであったためであろう(ではなぜそうした論が出るようになったのかと言えば「規制論」に対するカウンターであるのだが)。そうした論を否定したい立場の人にとっては、今回の事件は一つの「反論材料」となり得る。ちなみに、なぜ「表現の影響はない」といった見解が出るようになったかということについては青識亜論氏がより詳しく指摘している。



  最も、「表現の影響はない」という見解はさすがに単純すぎるということで、フェミニストに批判的な人からも時折そうした意見は批判されている。ただし、手嶋海嶺氏のように、様々な研究論文を批判的に検討している論者もいるので、その点は考慮すべきだろう。

 さて、性的表現物の影響については様々な意見がなされているものの、やはりどこか「極端」な形になりがちな点は否めない。ある立場は一つの事例を誇張し「悪影響はある!」と主張し、別の立場は「表現に影響があるなら今頃〇〇なはずだ!それがないということは表現の影響はないのだ!」みたいに。しかし本当に必要なのは、どういった部分において影響があるのか、それは因果関係なのか、といったより冷静な議論ではないだろうか。

 実は、「性的表現と性的攻撃との関連性」について様々な研究がなされている。次章では、そうした研究で何が分かっているのか、ということについて検討する。
 
 

ポルノグラフィと性的攻撃の関連性


 これまで、「ポルノの消費が性的攻撃性に及ぼす影響」について様々な研究がなされてきた。しかしながら、実際にそうした影響があるのかについて、はっきりとした答えは出ていない。例えば、ある研究では「ポルノの攻撃的行動への影響は小さいが有意である」(例:Alexy et al 2009)とされているが、別の研究(Diamond et al 2011)では、「ポルノが合法化して以降、レイプやその他の性犯罪は増加していない(児童への性的虐待については減少傾向)」とされている。


FergusonとHartleyによるメタアナリシス


 最近(2022年1月)、FergusonとHartleyによる”Pornography and Sexual Aggression: Can Meta-Analysis Find a Link?”という論文が、Trauma,Violence, & Abuseという論文誌に掲載された。内容は名前の通り、「ポルノグラフィと性的攻撃」の関係性について検討しているものである。

 この論文はメタアナリシスという手法を用いて分析を行っている。メタアナリシスとは、「複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析」のことだ。FergusonとHartleyは、ポルノグラフィの使用と性的攻撃行動との関係性を調査した59の論文(実験的研究、相関研究、人口レベルの研究が含まれる)を対象に検証を行った。
※この研究では性的攻撃行動(攻撃、暴行、レイプに関連する行動的結果)のみが考慮され、攻撃的態度については検討されていないので注意。

(※2023/01/28 uncorrelated氏の指摘を受け、研究内容及び結果について一部加筆修正)

 この研究における重要な点として、分析に使用する研究の"Best practice"実践レベルにスコアをつけ評価し、それが研究結果に影響を与えたか同課について検討しているという点が挙げられる。Best practiceとは、研究における最も模範的な手法といった意味合いである。

 このBest practiceにおいて採用されている手続きとして、「事前登録(Preregistration, プレレジ)」という手続きを踏んでいる。筆者は恥ずかしながらこの「事前登録」という手続きについて十分に理解していなかったので、少し調べてみた。事前登録とは次のような物らしい。

広義のプレレジには大きく分けて 2 種類あり,それは狭義のプレレジ(特に断りがない限りこれ以降プレレジと呼ぶ際はこの狭義のものを指す)と事前審査付き事前登録(registered report: 以下,レジレポとする)である。このうちプレレジとは,研究で検証する仮説,方法,解析の内容などをデータ収集の前に明確にして,第三者機関に登録するというものである。第三者の審
査を必要とするものではなく,研究者が情報登録したことを以てプレレジ完了となる。一旦登録されたらタイムスタンプとともに確定されるため,登録情報の修正や変更はできない。レジレポは,研究でデータを収集する前に研究背景,仮説,方法などのプロトコルを雑誌に投稿し,査読を受ける。査読を通過したプロトコルは原則的採録(in-principle acceptance: IPA)となり,その後に研究を実施する。実施後,結果や考察を加えて完全な形となった論文を再び雑誌に投稿するが,研究結果は採録判定の判断材料とはされず,計画通りに研究が実施されたことなどを再度の査読で確認し,問題がなければ採録となる。

長谷川ら(2021) 実証的研究の事前登録の現状と実践 ──OSF事前登録チュートリアル──

 簡単に言えば、研究に関する情報を事前に第三者機関に登録する、というものである。「事前審査付き事前登録」の場合は、事前に計画に関する査読を受け、その通りに実施した研究は基本的に雑誌に掲載される、ということになるだろうか。心理学において問題視されている「再現性の危機」への対策の一つであるようだ。再現性の危機に関する詳細は池田・平石(2016)を参照。

 FergusonとHartleyは他にも、「研究におけるバイアス」について検討している。具体的には、「引用バイアス(Citation bias)」出版バイアス(publication bias)である。引用バイアスとは、論文において「著者の仮説と整合的な論文を優先的に引用する」ことであり、出版バイアスは「否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくい」というバイアスを指す。

 これらを踏まえた上で、メタアナリシスの結果について見ていこう。
※分析では他の要因についても検討されているが、そちらについては元論文を参照のこと。


結果



 それではFergusonとHartleyのメタアナリシスではどのような結果が得られたのだろうか。分析の結果、非暴力ポルノグラフィについては、全体的に性的攻撃との関係を示唆する結果は得られなかった。

 暴力的ポルノグラフィに関する分析については、利用可能な論文が相関研究と実験的研究のみであった点に注意が必要である。そのうえで結果を見ていくと、実験的研究に関する結果は有意ではなかったが、相関研究についてはわずかであったが性的攻撃との関係が見られ、その効果量はr = .13であった(効果量とは、関係の大きさを表す指標)。

 では、暴力的ポルノグラフィについては性的攻撃と有意な相関があると判断して良いのだろうか?実はこの研究では、暴力的ポルノと性的攻撃に関する相関研究において「出版バイアス」が存在する可能性が示唆されている(他の研究においては出版バイアスは確認されなかった)。要するに、暴力的ポルノと性的攻撃に関する相関研究においては「否定的な結果を示した研究もあるが十分に公表されていない」可能性があるということである。

 出版バイアスを考慮すると、暴力的ポルノと性的攻撃に関する相関研究の結果は変わるのか?分析によると、暴力的ポルノと性的攻撃に関する相関研究について、出版バイアスを考慮すると効果量がr = .09となり、これは仮説支持と解釈するのに十分なレベルを下回っていた。このことから、暴力的ポルノと性的攻撃に関する相関研究の結果に関しては、「関係がある」と結論づけることは難しいと考えられる

 また先ほど紹介した"Best practice"、「引用バイアス」についても興味深い結果が得られている。Best practiceに関しては、非暴力的ポルノの研究において、より優れた研究(高いレベルでBest practiceが実践できている研究)で得られた効果量は小さい傾向にあることが分かった。このことは、非暴力的ポルノの研究においては、「優れていない研究(Best practiceの実践レベルが低い研究)」によって効果量が誇張されていることを示唆している。暴力的ポルノの研究においてはこうした傾向は確認されなかった。

 引用バイアスについては、非暴力的ポルノ研究、暴力的ポルノ研究の両方において、引用バイアスがある研究(筆者の仮説と矛盾する知見を引用していない研究)では報告された効果量が大きいことが分かった。

 こうした結果を踏まえ、FergusonとHartleyは、「ポルノグラフィの消費は現実の性的攻撃行動の強い予測因子ではなく、また一貫した予測因子でもない」と結論付けた。

 

(※2023/01/24追記)補足・私見


 FergusonとHartleyによるメタアナリシスには、「暴力的ポルノグラフィ」という言葉が出てきた。暴力的ポルノグラフィは、学術的には次のように定義されている。

このような内容に基づく定義に関して、暴力的ポルノグラフィは、たいてい男性によって女性に向けられる性的暴力の有用性と規範性を描き、是認する性的に露骨な資料と定義されている(Donnerstein & Berkowitz, 1981; Fisher & Barak, 1989; Longino, 1980)。

※なお、筆者の和訳能力に不安があるため原文も以下に掲載する。

With respect to such content based definitions, violent pornography has been defined as sexually explicit material that depicts and endorses the utility and normativeness of sexual violence, usually directed by men against women (Donnerstein & Berkowitz, 1981; Fisher & Barak, 1989; Longino, 1980).

Fisher & Barak(1991)より引用

 とあり、簡単に言えば暴力的ポルノとは「性暴力が肯定的に描かれているポルノ」を指すと言えるだろう。そして、逆に「非暴力的ポルノ」とはそうしたシーンが描かれていないポルノ、すなわち「男女双方の同意に基づくエッチ」を指していると言える。

 そうなると実際の社会において問題になる可能性が高いのは「暴力的ポルノ」の方であろう。なぜなら非暴力的ポルノは言ってしまえば「普通のエッチ」であるため、性的攻撃に結びつくと考える人はあまり多くないと考えられるためだ。他方で暴力的ポルノはレイプなどの性暴力を肯定的に描いているため、現実の犯罪に影響するという懸念が生じることは十分考えられる。実際、ポルノについて「(サスペンスなどとは違い)犯罪を肯定的に考えているために、それが良いことであるというメッセージとなってしまう」と指摘する人もいる。

 しかし実際のデータを見てみると、暴力的ポルノと性的攻撃との関係に関する相関研究について、その効果量はr = .13とかなり小さいものであった。「わずかでも関係はある!」とも言えるかもしれないが、こうした研究については出版バイアスが存在する可能性も示唆され、出版バイアスも踏まえると効果量はr = .09に低下した。これは意味がある関係とは言い難い。こうしたことを踏まえると、仮に性暴力を肯定的に描いたポルノであっても、犯罪を引き起こすと断言するのは難しいだろう(そもそも関係があるかどうかも怪しいため)

(※2023/01/27追記)

 1月25日に、手嶋海嶺氏が次の記事を公開した。


 こちらは先に引用した青識亜論氏のnoteを受けて(?)執筆されたもので、より踏み込んだ内容となっている。重要な部分は有料となっているので手嶋氏のnoteの内容をここで詳しく書くことは控えるが、より客観的な視点を持つ上ではかなり重要な論点に触れていると言えるだろう。
 無料部分に記載されている点に関して言えば、手嶋氏はFergusonとHartleyによるメタアナリシスの解釈についても重要な指摘をしている。

ここまで述べると、「あれ? じゃあ、性的攻撃性云々については『表現物(ポルノ)からの悪影響はない』でいいんじゃないの?」と思うかもしれないわね。

それも今の知見だと間違いでもないわ(科学だから更新される可能性は常にあるけど)。

でも、この研究で分かるのは、「ポルノが"単体で"、性的攻撃行動を引き起こすのは難しい(たぶん、ほとんど無い)」ってことまでよ。だって、ポルノと性的攻撃行動しか調べてないもの。

表現物とその影響について科学で語る~青識亜論氏の論考に寄せて~
https://note.com/teshima_kairei/n/nb1bee358edc7


 この指摘はとても重要なものである。筆者はFergusonとHartleyによるメタアナリシスの解釈について、「関係があると結論づけるのは難しい」と考えているが、同時に「関係が全くない」と結論づけることについても慎重でなければならないだろう。FergusonとHartleyによるメタアナリシスでは「ポルノと性的行動」の二つの関係性に焦点を当てており、より複雑な部分まで検討しているわけではない。従って手嶋氏の指摘のように「ポルノが単体で性的行動を引き起こすのは難しい」と考えるのが妥当であるように思われる。
 
 とは言え、ポルノを規制することによって効果が見込めるのかというと、それは微妙であると言わざるを得ないだろう。ポルノ規制を叫ぶような人(次章で詳しく紹介する)が明確な因果関係を示す根拠を提示できているかというとそうでもないので、「規制すべき」との声に対しては「いや、そこまで因果関係明白じゃないですよね」と言ってしまって問題ないのではないだろうか?


まとめ


 ここまで、主にFergusonとHartleyによるメタアナリシスの内容についてまとめてきた。少なくともこの結果から考えると、「性的表現物が犯罪を引き起こす」と因果関係を強く断言する言説については慎重に検討する必要があるように思われる。また、因果関係まで至らない相関関係についても、明確に「ある」と断言するのは難しそうだ。

 しかしTwitter上では、「性的表現は犯罪(や有害な結果)をもたらす」と主張する人は一定数存在しており、中には影響力が無視できないレベルの人もいる。そこで次章では、Twitterにおける「性的表現物と犯罪との間に関係がある」という主張について検討しよう。


「性的表現物と犯罪との間に関係がある」とする主張

 


 この章では、Twitterにおける「性的表現物と犯罪との間に関係がある」という主張について検討していく。

 まず序盤にも紹介した勝部元気氏の主張。


 正直なところ、なぜ「因果関係は明白」とこうも強く断言できるのかが理解できない。まさか容疑者の発言を鵜呑みにしているのだろうか。この程度の根拠で「因果関係は明白」などと言ってしまっては、因果関係について膨大な時間や労力を割いて検討してきた研究者が血の涙を流しそうなものである。

また、冒頭の事件に関する言及ではないが、社会活動家の藤田孝典氏はこのようなツイートをしていた。


え、そうなのか、と思っていたら、


 ガチの専門家に殴らr・・指摘されていた。

ちなみに藤田氏はその後補足(反論?)を試みたものの、


そちらについてもきちんと説明されていた。


極めつけは、

 


"ちなみにこのクリニックで使われている治療プログラムは私が作ったものです。あとで間違いを指摘しておきます。" 

いや、これは本当だとしたら強すぎやしないだろうか・・・感心を超えて恐怖すら感じてしまう。

 原田氏は別に「レスバ」をしたいわけではないだろうが、正直これらのやり取りを見る限り藤田氏は完全に「負け」である。とは言え僕は彼の「負け」自体をとやかく言うつもりはない。

個人的に気になるのは藤田氏の「知的誠実さ」の無さである。「ポルノは強迫的性行動症や様々な精神疾患を招き、害悪性が指摘されている」と言ったときに、せめてその情報源くらいは示すべきであっただろう。捨てアカがお気持ち表明しているのとはわけが違う(影響力がある発信者が社会的な提言をしている)のだから、いくらTwitterと言えどそのあたりはしっかりした方が良いのでは・・・と感じてしまった。

 さらに極めつけは以下のツイートである。


・・・ある論文とは?「~と思います」って何?そのような曖昧な根拠をもとに「依存症ビジネスの規制は結構大事な議論」などと言っているのだろうか?正直なところ全く説得力がない。

 また、これは原田氏のツイートに送られたリプライであるが、

"データ、論文上は わからないですが"

ならば話は終わりだ。なぜ専門家に対して文春の記事で対抗できると思ったのか。 

 大前提として、勝部氏にせよ藤田氏にせよ、ああいった主張をすること自体は自由である。その自由すら奪うべきというつもりは毛頭ない。しかしながら、禁止や規制といった重大な問題提起をする割には、あまりにも主張の根拠が薄すぎるのではないだろうか。あのような発言をしていては、「性的表現は有害論ってその程度の話なんだな」と受け取られてしまっても仕方がないだろう。
  

終わりに


 今回は小学生が被害者となった悪質なわいせつ事件について、「性的表現物は犯罪を招く」とする意見が見られたので少し考えてみた。比較的最近実施されたメタアナリシスの結果を踏まえるのであれば、このような因果関係を明確に主張することは難しいだろう。そして、にもかかわらず、影響力のあるアカウントがまともな根拠を用意せずに「性的表現の禁止(または規制)」を訴えている。こうしたことはもう少し認識されても良いのではないだろうか。






 

 


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