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コラム“Pediatrics Note”〜ナラティブと小児科医〜

こんにちは。小児科医のcodomodocです。神経疾患、神経発達症、心身症などの診療をしています。最近はマルトリートメント(不適切な養育)な環境から発達性トラウマ障害をきたした子ども達への医療的な関わりについて勉強をしています。

うちの病院の院内報に毎月書いているコラム“Pediatrics Note”です(800字前後)。診療をしていて感じる、とりとめもないことを書いています。
今回は2024年の7月号です。

こんな話があります。

ある日曜日の朝。地下鉄の乗客は皆、静かに座っていた。そこに一人の男性が子ども達を連れて車両に乗り込んできた。すぐに子どもたちは騒ぎ出し、それまでの静かな雰囲気は一瞬にして壊されてしまった。しかし、男性は座って目を閉じたまま、周りの状況に全く気がつかない。子ども達は大声を出し、物を投げ、人の新聞まで奪い取ったが、男性は何もしようとしなかった。周りの人は苛立ち、ある人が彼に向かってこう言った。「あなたのお子さんが皆さんの迷惑になっていますよ。もう少し大人しくできませんか」。彼は目を開けると、もの静かな声でこう返事をした。「ああ、本当だ…どうにかしないと……。今、病院からの帰りなんです。一時間ほど前に妻が、あの子たちの母親が亡くなったものですから、子どもたちも混乱しているみたいで…」。

『7つの習慣』より一部改変

父親の話を聞いた乗客は怒りが収まり、親子に協力できることはないか考えるようになった、というパラダイムシフトの例として挙げられた物語です。子どもたちの行動は何も変わらないのに、受け取る私たちが相手の物語(ナラティブ)を共有することで全く印象が変わってしまう。このようなことはよくあるのではないでしょうか。“ナラティブ”は、医療現場において医療従事者が患者さんの物語を聞き、患者さんの視点で受け止めることで良い関係を築き、満足できる医療を行うためのキーワードになっています。

ところで、発達外来では患者さんは子ども、話をするのはお母さんということが少なくないのですが、この時、ナラティブを語るのはお母さんです。しかし、そこで語られるのは母親のナラティブであり、子どものそれと同じではありません。母親が理解できない子どもの行動について母や子、時には学校の先生に話を聴き、行動を観察して、皆が納得できるナラティブを紡ぐのが私の仕事です。最近、医者は作家に似ているなぁと思うようになりました。子ども達の真のナラティブからずれないための謙虚さとハッピーエンドを作家の信条として、今後も創作活動(?)に励みたいと思います。

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