密葬。 ※BL注意
両手に二つ折りの紙。
葬り、灰に帰すべきは――。
― 密葬。―
目の前には大きな屋敷。
その中へ吸い込まれていくかの様に、黒く、人々が列を成している。
その中には、俺も含まれている。
「土方」
「あ?」
呼ばれて振り返ると布瀬が俺の顔を見下ろし、その場には不釣り合いな爽やかな笑顔を浮かべる。
「何ぼーっとしてるのよ」
陽の光を受けると輝く色素の薄い髪。
切れ長だが柔らかい眼差し。
すっと通った鼻筋に、形のよい唇。
シャープな顎のライン。
「あ、そこ段差あるよ」
「……あ、ホント。ありがとう」
「どういたしまして」
くわえて、フェミニスト。
頬を桜色に染めて会釈し、先を行く女性に布瀬は笑顔で手を振る。
小柄で何かと一線引いた付き合いしかしない俺とは、全く正反対な男。
十年振りにも関わらず、雰囲気の変わらぬ様子を見つめていると布瀬が視線を戻す。
「ん? どした?」
「別に……。久しぶりだな」
なんだか居心地が悪くなり、布瀬から顔を背け屋敷へ足を進める。
すると布瀬が、その横を同じ歩幅で並んで歩く。
「ホント久しぶり。びっくりだね。あんなにお元気な人だったのに」
「卒業して十年だろ……。まぁ先生もまもなく七十だったからな」
「お互い老けたね」
「まだ三十路前だろ」
「残念、俺まだ二十八」
言ってることはイヤミっぽいのに、布瀬が口にするとそうは聞こえない。
羨ましいとは思わないが、こんな男だから当時友達でいられたのかもしれない。
相手の距離感を、空気を読み取れる。それも一種の才能だろう。
だが、十年という月日。互いに変化があったのだだろうか。
「あれ? 急がないの?」
「それはイヤミか」
「え? もしかして急いでいた?」
俺は気持ち足早に歩き出したが、布瀬は少し歩幅を広げるだけで俺に追い付く。
俺達の身長差は、ほんの少しの座高と、圧倒的な脚の長さの差。
何だか惨めになって速度を緩めた。
「ふふ」
「何だ……」
「いや、相変わらずだなぁって」
「悪かったな」
「あれ? 俺嬉しくてほっとしてんだけど」
相変わらず爽やかな笑顔を向けてくる布瀬に、苛立ちが募る。
「お前、少しは哀悼の念を持って謹……」
「恋って我が儘一方だよね」
「は?」
いきなり脈絡の無い言葉に、思わず足を止める。
「その一方で愛は耐え忍びひたすら尽くすもの」
「おい布瀬」
「そんな二つが重なった恋愛ってスゴイ言葉だよね」
「お前……」
「ねぇ、土方」
「んだよっ!?」
「恋愛しよっか」
意味が分からず、口をあんぐり開ける。
「あ、その顔ちょっとそそるかも」
「っ!?」
布瀬の骨張った長い指が頬を撫で、首筋をなぞる。
その感触に、艶のある表情に体がゾクリと疼き、思わずその手を払いのけた。
「あら」
「布瀬っ!?」
「感じやすい事で」
「不謹慎だぞっ!!」
小声で言うも立ち止まったままの俺達は目立ち、通り過ぎる人々の視線を全身に感じる。
それよりも、身体が言いようのない熱さに孕みだしたことに動揺を隠せない。
布瀬は俺をじっと見下ろしたまま、その瞳を細める。
「不謹慎ねぇ」
「恩師の葬儀だぞ! しかも久しぶりに会ったというのに……不謹慎この上ないっ!」
今にも殴りかかりそうな俺に、布瀬は顔色一つ変える事なく俺の拳を握りしめる。
「んだよっ」
「……じゃぁさ。賭けしようよ」
「何がじゃあさなんだ」
呆れて歩き出そうとするも、布瀬が強引に引き戻し俺の眼前に紙を掲げる。
「ここに二枚の紙がある」
「はあ?」
「この片方に丸を書いて」
布瀬は淡々と呟くも、掴んでくる手の締め付けは強く、顔をしかめてしまう。
「二つ折りにして、どちらかわからないように……さっ、選んで」
手を解放され、思わず擦る。
布瀬は両手の指先に、紙をそれぞれ一枚ずつ挟んでいる。
「丸がついていたら土方の勝ち。なければ俺の勝ち」
「……くだらない」
顔をしかめる俺に対し、布瀬は笑みを浮かべる。
俺はきつく眉根を寄せると、布瀬の右手から紙を奪いとった。
「じゃそれまだ開かないでね」
布瀬はウィンクを投げると、後ろへ振り返る。
「日比谷ぁ」
「おっ! なになーに?」
その視線の先から、喪服をきっちり着ている日比谷が駆け寄って来る。
「これポケットに入れといて」
「お? 投票用紙は縦一つ折りでお願いしまーす!」
「あらーこれ横に二つ折り」
「およよー」
「よろしく」
布瀬はがっくりうなだれる日比谷のジャケットを掴むと、内ポケットに紙を差し入れ胸板を軽く叩いた。
「それじゃ恩師にお手紙渡すかな」
「あ……」
「終わったら開票しましょうね」
布瀬は俺が乱暴に取った紙を奪い返すと、妖しい笑みを浮かべ屋敷へと入っていった。
日比谷がすすっと俺に近づき、高い上背を丸めて俺の顔を覗き込む。
「土方ダルマに目を書く?」
「……いや。それはないな?」
「わっぷ」
俺は日比谷の顔を押し退けると、布瀬に続いて屋敷へと入っていった。
「……先生。どうかゆっくりお休み下さい」
再び布瀬の姿を見るときは、恩師の柩に紙を忍ばせる所だった。
俺はそれを黙って眺めたまま、なぞられた指先の感触を思い起こしていた。
◇
葬儀が終わり火葬場への車中。
助手席の窓から、流れる雲を眺めていた視線を運転手へ向ける。
「倦怠感帯びた顔もまたいいね」
前を向いたまま微笑む布瀬が、そっと俺の頬を撫でた。
恩師と共に灰となったのは、丸の描かれた紙。
手にしていた紙がどちらか分かっていた布瀬は、俺がどちらを取ってもいいようフェイクをかけた。
俺はそれに気付いてた。
気付いていて黙っている俺に、布瀬は気付かないフリをした。
葬り、灰に帰すべきは、"モラル"と言う名の理性なのか。
それとも、"不謹慎"極まりない本能だったのか。
お互い狡いとしても、それは仕方のないことで。
だって、もう……。
「土方……」
「ん」
「まだ、足りないから」
ただ一途で純粋な恋愛に溺れる程。
「……また後でな」
俺達は、若くないのだから。
――An opening of awkward love.
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