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大林いくお - 自宅録音集 Vol.1 全曲解説

えー、本日2020年4月24日に各種サブスク媒体などにおいて2014年から2019年までの間のわたしの宅録音源をまとめて配信用にリマスタリングをほどこした”自宅録音集 Vol.1”をリリースいたしました。やったね!イェーイ!


apple musicなどの他ストリーミングサービスへのリンクはこちらからどうぞ

てなわけで皆様のリスニング体験の向上と曲の背景を知る手助けと忘備録を兼ねて実際に録音に使用した楽器の画像もちょこちょこ挟んだり、影響を受けた音楽のYouTubeへのリンクなんかも交えつつ、解説めいた事を書きましたので是非お手元のスマートなフォンやパーソナルなコンピューターで曲を再生しつつ目を通していただければ幸いです。結構長文なんで覚悟してくれ。準備はいい?はい!ではどうぞー。




M1 あかりをけして(2017年 秋ごろ 録音)

蝋燭の灯りのようにじんわりと始まる曲を最初に置きたくてこの曲をオープニングナンバーとしました。

この曲を作る前の2017年の初めにちょっと訳ありで精神科の閉鎖病棟にしまわれちゃってたんですけど、この曲を作っていた時期は今にして思うとうつからの回復期にあたるのか、ふと窓から顔を出して外を眺めていたら「もう自分はある程度幸福になったから、もういい、いま居なくなればそれが自分にとっても他の人にとっても1番良い」とすーっと地面に吸い込まれそうになったんですが、「あー、いかんいかん、こうゆうのが認知の歪みっていうんだ...」と思いとどまったんですが、希死念慮に対して頭ごなしに否定するのではなく人間がそう思う感情を持つこと自体についてはフンワリと肯定したかったので音楽の中でそれを表現できればその曲を歌う度に自分の内側にある死への欲動を抑えられるのではないかな?との想いで制作しました。

楽曲面ではCowboy Junkiesのように夜中に部屋を真っ暗にして膝を抱えながら聴くのにぴったりなダウナーでサッドなカントリーにしたいなって目論見があったのですがいかがでしたでしょうか。ヤマハのYC-10(オルガン)とSho-Budのペダルスティールが良いムードを醸すのに活躍してくれました。

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YAMAHA YC-10

M2 ゔぇいぱぁぼうい(録音年不明 2014~2015年ごろ?)

これは確かまだ東京に引っ越す前の埼玉に住んでた頃に作った曲で、上野の国立科学博物館の地下に素粒子を観察できる霧箱という装置があって、それを眺めるのがとても好きなんですけど、そこから着想を得てこの世界とそっくりだけど目に映るものが何もかも霧で出来た世界があったら?ってイメージを膨らませて作った曲です。そこはかとなくスチームパンクな感じもありますね。

制作初期の段階ではほぼサンプリングで組み立てたトラックに歌をのせて大まかな形を作ったのですが、後々出すときにサンプルの使用許諾だの権利関係で揉めると面倒くさいな...とビビって結局1箇所だけ元の面影を残した感じでギターを弾き直して後はガラッとアレンジ変えたんですがおかげでネタ元からはかけ離れたドリーミーサイケデリックな音像に仕上がり大変満足しています。Aメロのギターのオブリは自分で弾いても良い感じにならなかったのでたまたま家に来ていたofstructionの安藤たけしにお願いしてハンパないオブリをキメてもらいました。

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ありがとうアンD、たけしフォーエバー。


M3 コイン(2019年 5月ごろ 録音)

この曲は今回の音源の中では最も新しい録音なので他の曲と比べると気持ち的にだいぶ楽になってきて、これからはあんまり細かいことは気に病みすぎず運命に身を委ねて生を全うせねばなぁと覚悟ができてようやくひと山を越えた様子がメメント・モリな歌詞に反映されてる曲です。

元々バンドで出来ない曲を作ろうと思って一度前のバンドを辞めて宅録を始めたんですけど、心境の変化もありここに来て原点回帰も良いかな?って事でギター2本、ベース、ドラムの編成でバンドでバチーンってライブでやってこれだよこれ!これこれ!ってなる感じの曲をまた作ってみても良いんじゃないかなって事で作ったんですが、PixiesのAllisonのようにつるっと聴いてる分には違和感無いけど、いざ演奏するとちょこちょこ拍子がエグくてリハやライブでは皆シリアスな面持ちでいっぱいいっぱいになりがちなんだけどバシッと合ったときはマジで快感フレーズっすね。

初期衝動重視でチャッと作ったため本作ではこの曲だけバンドメンバーに渡すデモみたいな感じになっちゃったなぁとの心残りも多少あるので、この曲はいずれ愉快な仲間達とビシッと再録してみたいですね。


M4 悪魔のやってるハードオフ(2016年 6月ごろ 録音)

悪魔と音楽の関わりはとても深く、悪魔を憐れむ歌、俺と悪魔と、悪魔も飲んでるマウンテンデュー...などなど、わたしの好きな音楽にも悪魔をモチーフにした例が少なくありません。

パガニーニやロバート・ジョンソンなど悪魔に魂を売った対価として超人的な演奏スキルと名声を得たミュージシャンも歴史上枚挙にいとまがないのですが、音楽の歴史と言う名の木の末端の末端もいいとこ、枝の先にくっついた吹けば飛んでくタンポポのわたげような私ですら「悪魔に魂売りてぇー!!」としばしば思うくらいですから、同じように"悪魔 魂 売る 方法"でググった事のある方も多いのではないでしょうか?

しかし実際問題わたしの魂は悪魔が欲しがる価値があるのかと言うと悪魔も選ぶ権利くらいはあるでしょうから、金が無くなった時にアワ・フェイバリット・ショップことハードオフに機材売りに行くノリで悪魔に魂を売りに行ったとて「ちょっと値段つかないんでウチだと買取厳しいですね」とあっさり言われ「あ、じゃ、タダでいいんで引き取りお願いします...」と肩を落として帰宅、数日後わたしの魂はジャンクコーナーに並ぶも、客の悪魔に「マジかよコイツ、こんな魂売りに来たとかwwwww」と草を生やしてコケにされる羽目になるんじゃないか...とちょっと考えただけで頭を抱える結論になってしまい、こんな曲が出来た、と言うわけです。

機材面ではこの曲で自分の録音で初めてバンジョーを使ったのと、当時ペダルスティールが欲しくて欲しくてたまらなかったのですがいい出物が無くてなんとかソレっぽい音出そうとスライドバーで滑りつつジャズマスターのブリッジとテールピースの間の2弦を指で強引に押し込んでベンドする方法でストリングベンダーもどきな音を出してるんだけど言わなきゃわかんなかったでしょ?

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こんな感じで弾いてすぐに指で押す

M5 からっぽの太陽(2014年 12月 録音)

この曲はですね、60年代の英国にThe Honeybusというそれはもう本当に素晴らしいバンドがいまして、そのバンドの(Do I Figure) In Your Lifeという曲が当時の7インチをアホみたいな値段出して海外から個人輸入するくらい好きなんですけど、その曲やその他の60年代英国式チェンバーポップをイギリスのカレーを日本のカレーライスとして昔の人がローカライズしたように自分でも作ってみたいなってのがこれを作った動機で、歌詞はハローとホロー(からっぽ)をかけた言葉遊びと太陽と愛について歌った内容です。Aメロのコード進行はアンDと家でイケてるコード進行一緒に考えようぜって一緒にジャムってた時にどちらからともなく出てきた物だったような。

で、チェンバーポップといえばチェロだろ!ってことで最初はパソコンのソフト音源で作ったんですが「駄目だ...何かが足りない...あと一味があるはずなんだ...」とメンブレしてる時のミスター味っ子のように悩んでいたんですが、やはり餅は餅屋だろうと言うことで友人づてにチェロ奏者の成澤美陽さんを紹介して貰って、書けない譜面を書くんだぜ!とMIDIから譜面を起こしてって近所の公民館で譜面の不備を修正して貰ったり細かいニュアンスを擦り合わせながらチェロのパートを重ねて頂いたんですけど弦楽器ガチ勢による生のチェロの音はもう魔法のように素晴らしくてこんな音を自分の音楽の一部にできるなんて本当に音楽をやってて良かったなぁと感動しましたね。

録音後は恐る恐るチェロを弾く体験をさせて貰ったり、我が家でワイワイ餃子パーリーしたことを今も覚えてます、とてもいい日だったなぁ。

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honeybusの7インチレコード


M6 ウェルチ(2017年 5月 録音)

この曲を制作した当時、下の子の出産と育児のため妻が休職してずっと家にいることになったので、わたしが前職を辞めてからガチガチの社会不安状態に陥ってしまい普通に勤めることが難しい時期が続いたため、たまーに古い友人知人などからPAや録音の依頼を受けたりしつつ基本的には専業主夫として家事や育児を担当していたんですが、妻が昼間から家にずっと居る恐怖と外に働きに行く恐怖を天秤にかけたところ前者が上回ったため、とうとう意を決してカタギの仕事もしようと一大決心したんですよね。

で、ハローワークにエイっと飛び込んでバンドのツアーで養った機材車の運転スキルをアピールしてハイエースを転がしメイクマネーする仕事にありついて、ニート主夫からパート主夫にクラスチェンジしたんですけど、何しろ本当に久しぶりのカタギの仕事ですからこれまた最初はもう本当にキツくて仕事中変な汗がドバドバ出るし、仕事相手からも不条理に怒鳴られたりしてもう辛くて辛くてたまらなかったんですが、自分で働いて自由に使えるお金が増えたので仕事の後にいつも「自販機の薄いのじゃないぞ、スーパーで298円で売ってる上等なやつだ。そしてわたしはこの素晴らしく美味しいぶどうジュースを自分の金で日常的に飲めるようになるために働くんだ」と己に言い聞かせながらせっせとウェルチを飲んでいたわけです。

とまぁ、そんな訳でウェルチに対する賛歌、あるいは何かに対する依存するという事についての曲を作らずにはいられなかったんですね。ちなみにこの曲は笹オケのファンだったマットがすごく気に入ってくれて、米国Welch'sの本社アカウントに「俺のダチがウェルチについての曲を作ったから聴いてみてくれよ!」と凸してくれてWelch'sのアカウントからも「ハッハー!ありがと!超クールだったぜ!」とお褒めの言葉をいただいたのはわたしの密かな自慢です。

余談ですがその後仕事にはすっかり慣れ、今では同乗者のいない時はスラッシュメタルを爆音で流してヘドバンしながらゴキゲンに働き続けています。めでたしめでたし。



M7 シーサイド・スーサイド(2017年 8月下旬から9月初旬にかけて録音)

これは自分の思う夏の終わりの切ない感じをギュッと詰め込んだような曲で、良い状態のエーストーンの古いファズが手に入ったのでホクホクしながらそれを生かした曲を作ろうってのが曲作りの出発点なんですが、狙い通りにリードギターがセミの断末魔のような強烈な音になって大満足。

この曲はとても楽しみながら制作していたので元ネタに気付いた人が爆笑できるように悪ノリで1番と2番のAメロの間の間奏のフレーズにチャージマン研!のキチレコこと"殺人レコード恐怖のメロディ"をオマージュしています。(他にも元ネタのある箇所がいくつかあるので気づいた人は是非わたしにこっそり伝えてみてください)

そんなわけで自分ではすっごく気に入ってる曲だったので「あー、これネットに上げたら世界が俺の才能に気付いちゃってこれから忙しくなっちゃうんだろうなー、マジ怖えーわー、選ばれし者の恍惚と不安みisあるだわー」と調子コイてたのですが、Soundcloudにこの曲をアップした当初あまりに再生数が伸びなくて「クソったれ!一体全体お前らどこに耳ついてんだ!」と自分のプロモーション不足を棚に上げて憤っていましたが、わたしの地元の埼玉県中部のローカルシーンで長年愛されているR2Oという皆の兄貴分のようなロックンロールバンドがいるんですけど、そこのベースのフジコさんが本作をCD-Rで手売りしてた時に買って聴いてくれた後、この曲好きだよってtwitterでリプくれて郷土のヒーローからの声かけによりわたしの怨念は無事成仏しました。チーン。

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ACE TONEのファズ


M8 レフト(2014年 10月 録音)

今回記事をまとめるにあたって時系列を確認しなおしてたんですが本作の中では最も古くに録音された曲ですね、それがコテコテのシンセサウンドで収録曲の中でも異色の80's風味ってのも中々ウケるなぁと自分では思うのですが、この曲作った当時、内耳炎になって左耳がずっとツーって耳鳴りが止まらないしだんだん音も聞こえなくなってきちゃったんですよね。それでタイトルがレフト。

で、聞こえてた音が聞こえないってのは音楽好きな人間からすると本当に恐怖でこのまま聞くのも演るのも難儀しつづけたり、果ては両耳が聞こえなくなっちゃったらどうしよう...とオロオロしてしまって、もしかしたら次に作る曲がわたしの耳が聞こえる状態で作った最後の曲になるとしたらどんな曲を作るべきなんだろう?と考えた時に今まで自分がグッドミュージックに触れる度に体験してきた高揚感というか特別な気持ちとそれに対する感謝を曲として残しておきたいなと思ってめちゃくちゃキャッチーな曲調とは裏腹に悲壮な覚悟で制作してました。(※その後しばらく耳鼻科に通ったら無事治りました。良かったー)

そんな甲斐あってか"大林さん、レフトはマジ名曲っすよ、こないだ久々に夜に聴いて泣きましたわ...ちょっとこの曲は世に出すの早すぎましたね"と数年後にFILMREELのムライくんに言われた時、彼は上記したエピソードは知らないはずなのに曲に込めた気持ちというか念のようなものってのは自分が思ってるより案外他の人にも伝わる物なのかもしれないなぁと感慨深い気持ちになりましたね。ちなみにムライくんは本作のゴキゲンなアートワークもサラサラっと鶴ヶ島ハレの向かいのインドカレー屋で書いてくれました、ありがとうムラ。

メインのシンセの音はハードオフの通販で入手したCasioのCZ-101で、シンセベースは何使ったか忘れちゃいましたがドラムは近所のハードオフで発掘してきたKorgのDDD-1というリズムマシンを使用しました。イイ音でしょ。

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KORG DDD-1


M9 小銭のために(2017年 11月 録音)

割とアッパーな曲の後なのでエンディングはゆったりと再び日常に帰っていくようにチルアウトできる曲を、と言う意図でこの曲を最後に持ってきました。

この曲は20代前半の頃にバンドを始めたての頃に公衆電話の電話ボックスを組み立てる工場で働いていた時の思い出を歌った曲で、当時はもうひたすら働くのが嫌で嫌でたまらなかったんですよね、今にして思うと当時は自分から他者を拒絶していたんですけど職場にも学校行ってた頃のようにまるきり馴染めず、休み時間にテレビや有名人の話やしょーもない身近な人の噂話しかしない職場の人達に対して「くだらないお喋りばっかりする人達だな、きっとダッセー音楽しか知らねぇし、俺が心から美しいって思う物事がこの人達にとっては無価値で、その素晴らしさなんてこいつらには一生わかんないんだろうな、俺はこいつらと違う...俺は沢山の音楽を知ってる...沢山の本も読んだ...俺は特別な人間なんだ...」と内心見下しながら自意識をこじらせまくり、何者にもなれず、このままこれからずっと毎日ネジを1500本締めながら年老いて何も出来ないままの人生なのかもしれないと思ってるタイミングで夕陽が工場に差し込んで夕方のチャイムが鳴った時にふと「子供は家に帰る時間かぁ、いいなぁ」って思った次の瞬間に「でも子供の頃は嫌な思い出ばかりだから小学生に戻りたくない、家族の事も殺したいほど嫌いだから家にも帰りたくない、このクソみたいな仕事も大っ嫌いだ、もう何もかも嫌だ、俺の人生はずっと滅茶苦茶で、こんな気持ち いつまで持たなきゃいけないんだ」ってなってなんかもう耐えられなくて仕事しながら目から汗が止まらなかったですね。

でも何故だかその時の惨めな気持ちを思い出すと"おれはこんなもんじゃない"と不思議とファイトが湧くのでその惨めな気持ちをそのまま残しておこう、と思い立って作った曲です。上物のシンセはJUNO-60の実機で作った音で、ドラムパートはアコギを叩いたり擦ったりした音を編集して作りました。アウトロのソロパートは録音中に外の工事の音が煩かったので「あー!もう!じゃその工事の電動ドリルの音がソロパートでいいよ!」とヤケクソ気味に外の音を録音してそれを切った貼ったして仕上げたんですけど面白い質感を加えられて良かったなと今は思ってます。

あの時の工事のおじさん、本作を聴いてくれたリスナー、そしてこの長ーい文章を最後まで読んでくれたあなたに感謝の意を伝え、結びとさせていただきます。謝謝!!

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