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2019/05/26 GRAPEVINE@ NAGANO CLUB JUNK BOX

私にとってはツアー初日である恵比寿と浜松を観てからの「GRAPEVINE tour 2019」長野公演になったのですが、まぁ良い意味でバインには裏切られました。これがアルバム「ALL THE LIGHT」のツアーであるに違いないし、内容の軸となる部分が変わっていたわけではない。けれど、今度は全く違う角度からこのツアーを再構築しようとしていた。

確かに、前回観た4月21日の浜松公演の時点で、すでに彼らはひとつの到達点にいたと思う(あれはあれでうひとつの完成形だった)。そして今の時点では「いかにこのツアーを楽しんでいくか」っていう新しいタームに入り、それも観る側を困惑させることをすっごい楽しんでいるように見えた。曲によってはグッとくる瞬間は何度かあったけど、基本的にライヴ中はずっとソワソワしっぱなしだった。だから、浜松の時は胸がいっぱいの状態で帰ったのに、長野ではちょっと不安に近い妙な余韻を抱えたまま新幹線に乗ることになった。

☆☆☆注意!以下ネタバレです☆☆☆

セトリの詳細は載せないけれど、大まかに言ってしまうと、長野ではオープニングの曲をはじめ、これまでの曲順の前半と後半が逆転している箇所がありました。だから、浜松や恵比寿で観たステージとは全く違う印象を受けてしまったのだと思います。

そう私のなかで決定づけたのが、本編ラストにかけての3曲でした。「すべてのありふれた光」のあとに「光について」。そして「こぼれる」で終わってしまったことで。

なぜ「光について」を「すべてのありふれた光」の後に設定したのか?

考えられる理由には、「光について」がリリースされた20年前との「光」の解釈の違いを感じさせたいという意図があったのかもしれない。でも、そもそものセットリストにはシリアスな一面を強く感じさせる曲(曲順)もあって、これまでなら「すべてのありふれた光」で救われるはずが「光について」の登場によって私はさらに重たい感情を抱えることになってしまい、だから、ラストの「こぼれる」で気持ちを中和させないと「キツイな…」と思ったのです。

金戸さんと高野さんが去ったステージには、田中さんとアニキ、そして亀ちゃんの3人。オリジナルメンバーで披露する甘美的な「こぼれる」の登場にはホッとしたけれど、演奏が終わった後の誰もいないステージに漂う余韻が、どこか残酷で、不穏な空気を残していた…。個人的にそう感じてしまったので、再びメンバーが登場したアンコールで「君を待つ間」と「Arma」がなかったら、私は沈みっぱなしだったと思う。 

「ALL THE LIGHT」というアルバムからは、バイン側がお客さんに手を差し伸べるような優しさを実感していたこともあって、このツアー自体にも今まで以上にオープンな印象を持っていた。しかも浜松で観たライヴがわりと多幸感いっぱいだっただけに、今回はものすごいギャップを感じてしまいました(もちろん、バインとしては、観ている側を突き放そうとしているわけではないと思うけど)。

だから、長野で観たライヴの感想を一言でまとめるのなららば「白日の下に晒された光」を感じさせるステージ。

ただ、光の持つ2面性を表現してこそGRAPEVINEの描きたい「すべての光」なのかもしれないし、ふたつの「ALL THE LIGHT」の世界がリスナーの頭の中で並列したときに、アルバムに隠された本意が見えてくるのかもしれない。何より、一筋縄ではいかないのがこのバンドの性質なのかもしれませんね。

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