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【エッセイ】2023/2/23 [grapevine in a lifetime presents another sky]東京・中野サンプラザ公演 ~another story~

時は、1990年代後半。インターネットが身近なものではなく、スマートフォンもなかった頃、地方に住む高校生だった私にとって、好きなバンドの新曲やライブの情報をいち早く知る手段はラジオ。彼らを知ったきっかけも、ラジオだった。

高校卒業後、進学した大学の軽音楽部に入部した私は、ある日、彼らの「コピーバンドをやらないか?」と、先輩と同期に誘われた。嬉しさのあまり二つ返事で承諾。担当する楽器はキーボードになった。バンドスコアを買い、たくさんの曲を練習し、ライブ出演が決まると、精一杯、お客さんの前で演奏をしてきた。

私に声を掛けてくれた先輩が大学を卒業すると、今度は残ったメンバーで他の部員に声を掛けた。バンドの活動は、私が大学4年になるまで続き、この日々のおかげで、彼らは私にとって単なる好きなバンドではなく、特別なバンドへと変わっていった。

社会人になると経済的に余裕ができて、彼らのCDを買い揃えた。ワンマンライブだけじゃなくて、彼らが出演するロックフェスにも生まれて初めて足を運んだ。そして、このルーティンは20年以上途絶えることなく続いた…と、言いたいところだが、危機は突然訪れてしまう。

2020年、新型コロナウイルスの流行により、ライブや音楽イベントの延期や中止が次々と発表された。彼らが予定していたツアーもなくなった。ただ、厳しい規制を設けた上で、ライブは開催されるようになってはいたものの、今度は私が体調を崩した。せっかく取った彼らのライブのチケットも、私は何枚も無駄に…。

「たかがロックバンドのライブじゃないか」

何度もそう言い聞かせてはみたが、それを頭では理解できても、心では理解できない。そんな、おとなげない自分があまりに情けなかった。

しばらく苦しい時間は続いた。

でも、まだ規制はあるものの、今ではコロナ禍に入る前とほぼ変わらないペースで、ライブや音楽イベントが開催されるようになり、私の体調も快方へと向かっている。

そして、2023年の2月の終わり。私は彼らのライブを観に出かけた。

そのライブには、2002に発売された1枚のアルバムを再現するというコンセプトがあった。ところが、ステージに立つ彼らは、大学生の私が夢中になって聴き込んだアルバムの印象を、まんまと覆してしまう。厚みのあるバンドサウンド。どっしりと刻まれるリズム。会場一帯に響き渡る豊かな歌声。ステージの上から、彼らが積み重ねてきた長い時間が溢れ出し、私の胸は熱くなる。同時に、彼らにはもう、二度と取り戻せないものがあることも実感する。ただ、それは観ているこちらを、決して寂しく感じさせるものではなかった。

バンドに限らず、ひとつのことを継続させることは、決して簡単なことではない。しかし、継続させるからこそ得られる喜びや尊さを、彼らはいつも自分たちの音楽を通して私に教えてくれるのだ。

高校時代、友達らしい友達ができなかった私にとって、通学のバスの中や、自分の部屋で聴く大好きなバンドの曲が、友達のような存在だった。今では、当時好きで聴いていたバンドのほとんどが解散し、聴かなくなったバンドも多い。だけど、彼らだけは一度も飽きることなく聴き続け、私は歳を重ねてきた。

はたから見れば、たかがロックバンド。音楽を聴かなくても、ライブに行かなくても、人が生きていけることは事実。でも、それがない人生より、ある人生の方が私はいい。

彼らの音楽のある日常が、どうか、これからも続きますように。

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