(Please)Call your (my) name.

「アイシャ殿」
その声が誰だか判別できてしまった。
足を止めて一瞬、迷う。それでも気づいたからには無視するわけにもいかず、結局振り返る。
「…またあなたですか」
「おや。随分なご挨拶ですね」
月に一度、彼は夜に訪れる。いつもは昼間に訪れるところを、満月の日だけわざわざ夜にやってくるのだ。
いつもは目立たない緑の目が、月の光に照らされてやわらかなエメラルドグリーンに変わる。純粋に、この人の瞳は綺麗だった。
適当に挨拶を交わし、また歩き始める。
「いくら宮の中とはいえ、護衛もつけずに歩き回るのは危ないですよ」
「ご心配をどうも」
「お荷物お持ちします」
「結構です」
「そう言わずに。中は見ませんから」
「ちょっと…!」
強引に手持ちの書物を取り上げられる。返せと睨みつけてもどこ吹く風だ。取り返すことは諦めて、自分の手元の書類を抱え直した。
「……あなたも飽きませんね」
「そういうあなたは諦めませんね」
「まさか私相手にまだそんなことを期待しているんですか?」
「いいえ。あなたが自分から諦める訳がない。それは承知していますよ」
間髪入れずに否定されて、少し面食らう。まるでそう言うのが当然かのようにそんな言葉が返ってくるとは流石に思っていなかった。
「それでも僕も簡単に諦められません。今はその平行線で構わないと思っているだけだ」
「………」
ひたむきな感情は相も変わらずだ。向けられているこちらが悪いような気がしてくる。
「ただ、僕を少しでも気にかけてくれるなら」
渡り廊下の中央。彼が立ち止まる。先ゆく私を呼び止めるように。
「名前を呼んでください。僕らには『あの時』とは違う名前があります」
そんなことは分かっていた。あなたの名前も、その名前を呼んでほしがっていることも。
呼ばれたい代わりに私の名前を口にして。期待の光が宿る瞳を躱すのにどれだけ苦労したか。
「……ニール殿」
「!」
私は諦めない。彼も諦めない。
だけど最後に願いを叶えるのは私だ。戦友であった彼の願いを叶えられるのは私だけだと分かっていても。
「…ここまでで結構です。おやすみなさい」
「………はい。良い夜を」
簡易な騎士の礼。それに合わせて簡素な礼を返し、私は先に部屋の戸をくぐった。
扉の向こうで、しばらくは礼をしたまま動かない騎士が一人いることを知りながら。私は扉を固く閉じた。

(いいわけ)984字。タイトルはエヴァ意識。
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