私だけはあなたの思い出にいない

「アレックスの好きな花ってなに?」
見上げた横顔は一拍遅れてこちらを向いた。目つきの悪い目が私を見たまま、黙り込む。
数分後、ようやく開かれた口から出てきたのは、子供のようなぼんやりとした返事だった。
「………好きな花…?」
「うん」
「……俺に聞いたのか?」
「そうよ」
「………」
再び黙り込む彼。その様子に思わずにやけそうになって、流石に笑ってはいけないと慌てて口元を隠す。
意地の悪い質問だっただろうか。この無骨な手を持つ人が、花の名などろくに知らないことは察している。
それでもこの質問をしたのは、昨夜宿屋で耳にした噂が気になって試してみたくなったからだ。
『花の名を教えれば、その花を見るたびに相手は教えられたことを思い出す』。
曰く、遠い異国から伝わったまじないの一種らしい。女性達が楽しそうに、興奮に顔を赤らめて話している様子から、きっと恋愛絡みのお話なんだと勝手に納得した。
好奇心一択。この話をするために、まずは好きな花から聞いていこうというのが今回の作戦概要だ。実行犯は私一人。
「……ヴィー。俺はあまり詳しくないのだが」
眉を下げて、よわった様子で申告される。いくつも下の私にも決して知ったかぶりをしない。アレックスはいつだって誠実だ。
「関係ないわ。好きなのは無いの?」
「…強いて言えば、太陽の花だ」
「太陽…あの大きくて黄色い花?」
いつだか絵物語で見たことがある。太陽と大地の色をした大きな花。
「アレックスは直接見たことがあるのね」
「ああ。昔にな」
「……いいなあ」
「行くか?」
思わずぽつりと呟けば、アレックスが事も無げに提案した。
「辺境まで行けば咲いている所がある」
「本当!? 早速出発しましょう!」
手を繫いで、早くと彼を急かす。アレックスは私の歩幅に合わせて歩み始めた。これから太陽の花を見るために、また背中合わせで何度も戦うのだろう。
アレックスの好きなものが知れたなら、それでいいやと思う自分がいた。だってよくよく考えれば、思い出さないといけないような遠い距離に、私はいないのだから!

(いいわけ)869字。『花の名を〜』は川端康成の「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」がもし曲解して伝わったら、というイメージ。ミイラ取りがミイラになったような、そうでもないような終わり方。

お菓子一つ分くれたら嬉しいです。