回復の話

「お疲れ様でした」
盾の陰に隠れて座り込んだ俺に、セルマが水を差し出してくる。清浄な水。それを無言で受け取ると、一息であおった。喉を水が無理矢理通って、一瞬の息苦しさが訪れる。息をついてようやく、生き延びたという実感がわいてくる。
「ありがとうございました」
「いいえ。回復をかけても?」
彼女は杖を構えていなく、律儀に俺の答えを待っていた。

セルマは神官でもなく、生まれ持った治癒能力がただ圧倒的だっただけらしい。
今は珍しくもなくなったが、本来回復とは超常的な力。更に言えば外傷を治すのは初歩の部類に入るが、戦闘で削れた体力や魔力を回復するのは高等技術に分類される。目には見えない力を相手に飲み込ませる技術だ。自分自身のは何とかなる人も多いが、他人へとなると大々的にはできないのが今も普通だ。神官のアレは、力を借りているだけなので習得しているとは思えないから置いておこう。
セルマも昔は色々あったようだが、今は俺と旅をするようになって随分楽をさせてもらってると、以前笑って話していた。
そんな彼女は、相手の了承をとってから回復を行う。何故かと、これも前に聞いたことがあった。
『……心と身体が、乖離しないように、です』
寂しそうに。もう染め直せない布を握りしめるように。それなのに夕日と同じ顔で笑っていた。

「半分ぐらいでお願いします」
「そうですか? …これぐらいでどうでしょう」
ぬるい温度が一瞬、身体を包む。こぼしたばかりの涙と同じ熱だ。
軽くなった身体を引き上げて、セルマにひらひらと手を振って見せた。
「どうも。あなたに怪我はないですか、セルマ」
「怪我しても私の前では無いのと一緒ですよ。問題ありません」
「答えになってませんよ」
返ってきた言葉を不思議がるようにこちらを見つめている。これほど自分の痛みに鈍感な人も珍しかった。一音ずつ言い聞かせるように聞き直す。
「俺は、あなたが、痛い思いをしなかったか、と聞いています」
「……し、してないです!」
「ならいい」
今日も俺の仕事は完璧だ。盾を背負い、荒れ果てた草原をまた一緒に歩き始めた。

(いいわけ)881字。盾役のカーティスと回復役のセルマの耐久コンビ。痛みを受けることが大前提の男と、すぐ治るから痛みなんて無いのと同じとのたまう女の話。

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