墜落と夜の話

落ちていく。
深く深く、世界の底へ。眠る間際よりも尚恐ろしい、終わりが近付くほんの一瞬。
底があるから落ちていくことは恐ろしい。

左手の痙攣。大袈裟に震えた振動と、他人に身体を動かされたような違和感で目が覚める。はっきりと開いた瞼に、恨めしい気持ちで額を覆った。
三人部屋の一番奥。一番小窓に近いベッドは、月の光がよく射し込む。隙間を残したカーテンから、丁度見え隠れしていた。
上体を起こし、細く息をつく。たっぷりと深呼吸をしたいところだが、あまり物音を立てると二人を起こしてしまう。久し振りの宿だ。気兼ねなく休養をとってほしかった。
床板を鳴らさないように、適当に上着を羽織ってそろそろと部屋を出た。

一階は当然明かりがついていなかった。静かに、音を立てずに椅子を引いて座る。本当は外に出て夜風を浴びたいところだが、既に宿は戸締りされている。その状態を崩すのは防犯上よくないだろう。
背もたれに体重を預ける。そのまま自然と天井を仰げば、人間の顔があった。ぎょっとして飛び退くように椅子から立ち上がる。
「……! …!!!」
ルークは口を何度も開閉させて声にならない叫びをその人物に向けた。抗議の声だ。
「……悪かったわ。というか、そんなに驚くと思わなくて」
栗色の髪が夜の暗闇の中、揺れる。上着を羽織った寝間着姿で、リオノーラが立っていた。
彼女に促されて、それぞれ椅子にかける。水の入ったカップを渡されて、ルークは素直に口をつけた。染み渡るような感覚。そこで初めて喉が渇いていたことに気がつく。
「……何も聞かないんだな」
こんな夜に起きていたこと。一人でいること。ルーク自身では分かっていないが、その顔色が夜であることを差し引いても青白いこと。
「聞いたら答えるの?」
「………いや」
「でしょう」
その答えが何よりも雄弁だった。くしゃりと髪をかきあげる。
「…よく眠れる方法とか知らないか」
「睡眠魔法なら最近習得したけど」
「勘弁してくれ…」
他愛のないやりとりと一緒に、あの墜落の恐怖を握り込む。一人でいたくなかったのか。自分でも知らない心を見つけられたことに、気恥ずかしさからルークは机に突っ伏した。

(いいわけ)907字。RPGルークの悪夢を見た話。ルークとリオノーラはそんなにキャッキャするような仲良しではないけど、くさっても幼馴染なのでお互いの考えぐらいは分かるという。

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