旅の途中、日常前夜

星が輝く濃紺の夜空の下、街を守る門扉の前。
「喉が渇きましたね」
「そっ…それどころじゃ……無いって…分かってるんですか貴方……!」
飄々とバッグの中を漁る男と、息も絶え絶えにかろうじて言葉を返す女。どちらも髪は乱れ、砂埃まみれで、一目で旅人と分かる格好であった。
女は深呼吸をし、扉に触れている手に力を込める。しかしそれはビクともしない。
「やっぱり、閉まってる……」
「諦めましょう。街を目の前にして野宿なんて間抜けですが、一晩ぐらいなら何とかなります」
「その間抜けの原因は貴方ですからねカーティス!」
鋭いツッコミを受けても、カーティスと呼ばれた男はどこ吹く風で聞き流した。
金色うさぎ。その美しい毛皮は売ればかなりの高値になると噂の魔物。それを見つけてカーティスが一人で追いかけ始めたのがそもそもの始まりだった。
一時は狩り尽くしたと言われていたが、時折見かけるあたり単に警戒心が強く、住処をよく移動する性質なのだろう。運が良ければこのまま金色うさぎの住処で乱獲できるとカーティスは考えた。
俗世に疎い割には、俗っぽい欲に度々突き動かされるのがカーティスという旅人だ。そしてそんな人間と旅を共にしているセルマは体力の限界が訪れるまで延々と巻き込まれるのが常であった。
「魔物避けの薬はもう切らしていますし…この辺りなら弱いものしか寄ってこないとはいえ、魔物は出没します。充分な休息を取れないことは覚悟しましょう」
「いえ。俺が起きているので、セルマは休んでください」
「とりあえずランタンを…え?」
カーティスからバッグを受け取り、灯りをつけようと中身を探していたセルマは顔を上げた。
「俺ならこの一晩ぐらい余裕です。セルマは身体を休めて、体力を回復させたほうがいい」
「……やせ我慢などではなく?」
「無理な時は無理っていつも言ってますよ」
「…それもそうでしたね」
カーティスのあどけない表情に笑って、セルマは地面に座ってすぐに目を閉じた。疲労と一緒に眠気が訪れるまで一瞬。重くなる瞼をそのままに、うわ言のように口を開く。
「…おやすみなさい……あとは…頼みましたよ……」
「……良い夢を、セルマ」

(いいわけ)906字。街の前で野宿するとかいう旅の工程をミスった話。実はあまり珍しいことでもなかったりする。

お菓子一つ分くれたら嬉しいです。