縫い留められた過去を思い返す話

「──どうかしましたか、セルマ」
立ち並ぶ店の通り。ある一つの店の前でセルマは立ち止まり、じっと何かを見つめていた。
「懐かしいものを見つけてしまいました」
視線を動かさずに心ここにあらずといった様子でセルマは答える。
カーティスはその視線の先を覗き込んだ。ショーウィンドウの中。目玉となる展示物の隣に、そっと飾られたレース刺繍。特別なデザインではなく、普段なら見逃してしまいそうな、けれどもきっと誰かは身に着けていそうな、そんな手作り味にあふれていた。
「…入りますか?」
「……そう、ですね…」
彼女は伏し目がちに曖昧な返事をする。視線も、声音も、全てが迷っていた。いつも明るく真っ直ぐに言葉を返す彼女とは、まるで別人だ。その事実に、カーティスの胸の内がざわめく。
セルマの華奢な手を掴み、カーティスは促す。
「迷うぐらいなら行きましょう」
「え? ちょ、ちょっと…!」
店先のベルが軽快に鳴った。
日の光がわずかに留まっているような、明るく朗らかな店内。店番はその奥からいらっしゃいと声をかけた。
「こんにちは。外にあった刺繍の布が他にあれば見たいんですが」
「……おや。そうか」
初老の女性は目を丸くし、一言呟いた。
事情があるのかと、カーティスは首を傾げて問う。
「いや、あれがお客さんの目に止まるのは数年ぶりでね。以前は定期的に買ってくれたお客さんがいたんだが…また日の目を見るとは」
今持ってくると言い残して店番は裏手に姿を消した。
カーティスはセルマを見た。先程とは違って落ち着かなさそうに店内をゆっくり見回している。その表情は、淡い期待を抱く子供のようだ。
「…ここには来たことが?」
「初めて…です。けど、ここの洋服は素敵。カーティスもそう思いませんか?」
「俺はこんな華やかなものは着たことないので」
嬉しそうに目元を綻ばせる彼女に、カーティスは知らず息をついた。いつもの風景が戻ってきたことは喜ばしい。
しかし彼は知らなかった。この後、戻ってきた店番の女性とセルマが意気投合し、長い間話し込むこと。洋服を買いたいと強請られてどうぞと返したら、まさかのカーティス自身の話であり、着せ替え人形にされることを。

(いいわけ)914字。伏線張るだけはって回収できなかった。刺繍は可愛い。

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