はじまりの言葉を今も抱いていた

森の中でも敢えてろくに整地されていない場所に飛び込んだのは、少しでも敵を撒けないかという彼女の魂胆だった。しかしやはり浅はかだったようだ、と物音を聞いて顔をしかめる。後ろから追ってくる複数の気配は、逃げ出した時から少しも減った様子がない。
「…っ、はっ…」
「あとちょっとです。辛抱して」
少しも息が切れていない男に声をかけられて、声をこらえながら頷く。
胸に手をやり、自己回復をかけた。回復の光は透過しない。この厚い上着越しではバレる心配も無いだろう。息苦しさが消えて足の怠さが軽減された身体は、もう一踏ん張りできそうだった。
足に力を込めて、青年より一歩前に出た、その時。
「──セルマ!!」
繋いでいた手が逆向きに引っ張られる。頬を掠める切先。
一瞬で先陣は入れ替わり、セルマの名を呼んだ青年は剣の持ち主と相対した。
「……セルマに何の用です」
低く唸るような声。入れ替わったその一瞬で、既に決着はついていた。
庇った青年の左手には短剣が握られており、黒ずくめの男の太い首に鋭角に突きつけられていた。
セルマを守るように背中に庇い、相手を潰す勢いで盾ごと体重をかける。
「くそっ…ただの大盾だけじゃなかったのか」
「おしゃべりをしているとは余裕ですね」
「カーティス、追手が……!」
「……ちっ」
剣の柄でそのまま相手の頭部を殴ると、足を斬りつけた。伏した男の手を踏み付けて、先を急ぐ。
「カーティス……「『自分が囮になる』とかだったら流石にあなたでも怒りますよ」
セルマの言葉を遮って、走りながらも淡々と話すカーティスは冷えた怒りを声音に滲ませていた。
「俺達は仲間でしょう。都合が悪くなったらはいさよなら、で済ますと思いましたか。俺が」
「……ごめんなさい…」
「謝るぐらいなら俺と一緒に逃げ切る覚悟をきめてください」
俺達二人なら無敵だと言ったのは、あなただ。
その言葉に目を見開く。はじまりの言葉。こんな状況でそれを言うかと、くしゃくしゃの顔で彼女は笑った。

(いいわけ)836字。何かに追われてる二人が書きたかった。200字ぐらい削った。

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