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コルシカ島・南仏旅行記(2)

朝八時頃、船はいよいよコルシカ島に到着した。アランは目を輝かせて子どものようにはしゃいでいる。かわいそうに、相変わらず松葉杖をついたままではあるが、なんとか船を降り、さらに車に乗り換えて別荘へと向かう。 

 別荘はコルシカ島北部の山奥にあり、うねうねと続く細い坂道を延々と車で登らなければならない。しかし沈着冷静なグザビエの運転と、車内に流れる心地よい音楽、それに窓から吹き込んでくる清々しい風のおかげで旅の疲れも少しずつ癒されてきた(ミュージシャンであるグザビエの選曲センスは抜群だ)。眼前に迫って来る剝き出しの岩肌、視界の端に流れるように現れては消える松の樹々。時折、道端で草を食む牛や豚の親子に出くわした。コルシカ島では、動物が堂々と道路を横切るので人間のほうが恐縮すると聞いていたが、噂は本当であった。 


一時間ほど車に揺られていると、別荘に到着した。家の中はきちんと整えられ、古いが上等な家具がしつらえられている。庭には蜜柑やいちじくの木が植えられており、驢馬と馬が出迎えてくれた。元々は彼らの大伯母の家だったそうだが、アランの妹さんご夫婦が買い取り、今では別荘として使っているとのことだった。この家はきっと代々丁寧に守られてきたのだろう。

家に到着すると、驢馬が出迎えてくれた。

 夕方になると私たちは庭でアペリティフ(食前酒と前菜)の時間を過ごした。到着した日は日曜日で、唯一開いていた現地のスーパーマーケットであわてて買い物をしたものだから、夕食と言えるものはトマトぐらいしかなかった。するとグザビエが、オリーブオイルとバジル、それに塩胡椒をかけてごらんと言う。幸い、調味料は戸棚に用意されてあったので言われたままにしてみると、ただのトマトがうんと豪華なサラダに変身した。このように、野菜ひとつでさえ美味しく楽しく食べるというのがフランス人のエスプリなのだと改めて思った。 

 フランスの夏は長い。夜九時半ごろになってようやく陽が沈む。夜が更けるまで、気の向くままに私たちは語り合った。コルシカ島は彼らの先祖が代々住んできた土地なので、話題は自然と家族のことに流れた。
 相互依存という絆は断ち切れない、たとえ仏陀でも完全なる自立など不可能なのだ、人間はいつだってこの世界に助けられて生きているのだからと、なんだか真面目な話をしていると、突然グザビエがシャボン玉を吹き始めた。
「今、真剣に話してたのに、なんだよ!」とアラン。
「いや、なんとなく。前からやってみたかったんだよ」とグザビエは肩をすくめる。
「でも、大の大人がシャボン玉なんて恥ずかしいだろ?一人じゃなかなか出来なかったんだけど、今はバカンス中だからね。これくらい許されるだろ?」
「あはは、そりゃいいね。リヨンに帰ってからも続けろよ。仕事の面接とか、そういうストレスフルな場面でさ、シャボン玉をプーっと吹くんだ。そしたらみんなこう言うさ、『出た、森のトロールだ』ってね」とアランが言い、私たちは大いに笑った(トロールとは北欧の国の伝承に登場する妖精の一種。毛むくじゃらの粗暴な大男として描かれる)。 

森のトロールことシャボン玉を吹くグザビエ

 太陽が完全に沈んでしまうと、私たちは灯りを消して、しばらく星を眺めた。標高約八五〇mの山の上。裸の星の光が、プラネタリウムのように明瞭に見える。時折、コウモリが飛んでいるのが見えた。私は生まれて初めて流れ星を肉眼で見た。
「さあ、莉羅、願い事をするんだ。ロトで百億円当たりますようにって言うんだよ」とアランが言い、私たちはまた笑った。アランの怪我が治りますように、グザビエの音楽活動がうまくいきますように、そしてこのまま素敵なバカンスを過ごせますようにと、私はひそかに祈った。


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