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陽羽の夢見るコトモノは(11)

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(11)宝石

まだ、なんとなくなんだけれど、それでもわかったことがある。わかったというより、痛感したことというべきか。

どうでもいいこととそうではない大切なことを、私はちゃんと仕分けておく必要があるということ。

「Project Paracelsus」から届いた封書を確認して、つくづくそう考えさせられた。内容の趣旨は、私をパラケルスス機構のメンバーに招待したい、というものだった。しかも、「擬神」としてだそうだ。

その理由は、両親が擬神であることに加え、私がパラケルスス機構の存在を知ってもどこにもそのことを口外しなかったこと、「5号」からの遠隔パルス信号にこの半年間変化が見られず、つまりは意図しない形で初期化以上の成果が確認できたことなどが書き連ねられていた。当然、英語で書かれていたので、エリーゼに翻訳してもらった。

「報酬は銀行振込だから、口座番号をここのQRコード経由で知らせろ、だってさ」

エリーゼが、封書を私に渡しながら忌々しげに言う。

「『びっくり』じゃ表現できない桁の金が、これから伊織の口座にはジャブジャブ入ってくるわけだ」

封書の隅には、ご丁寧に毎月の「報酬」額がスイスフラン建てで記載されている。私は思わず苦笑いした。

「でも、いまはかなりの円安ですから、何かと不利ですね」
「ふん。経済のことはよく知らないけど、それでもコンビニバイトで食いつなぐよりは、よほどいい暮らしができるんじゃない」
「私、コンビニの仕事、好きです」
「そう」
「売れ残りのなかにはたまに、素敵な掘り出しものがあって、あ、堀り出しものって表現はおかしいのかな、まあでも、働く者のちょっとした特権ってやつで、賞味期限こそ近くても、ああよくぞ私のために売れ残ってくれたな、なんて思える商品に出会うと、それでその日はラッキーでいい日だなって思えるんです」
「確かに、この前のピスタチオカヌレは絶品だったわ」
「きっと、そういう『今日はいい日だったな』を重ねていって、それが『今日もいい日だったな』になって、それで自然と『ああ、しあわせだな』ってじんわり実感することが、生活において、なによりも価値のあることなんです」
「ほー、語るわねぇ」
「私、この部屋も、この街も、この部屋から見える景色も、みんな好きです」
「うん」
「陽羽も、エリーゼも、私のかけがえない存在です。それに遠藤さんには、ちゃんと恩返しがしたいです」
「じゃあ、どうするの? それ」

エリーゼが、パラケルスス機構からの封書を一瞥する。私は、一呼吸置いてから、一思いにそれをめちゃくちゃに破った。

部屋の、なるべく陽のあたる位置に、陽羽は変わらずに眠っている。その寝顔はあどけなくも見えるし、ひどく冷たくも見える。私はボア掛け布団を、陽羽の胸元までそっとかけ直した。すると、内部の温度が上がったせいか、陽羽の表情が少し緩んだような気がした。もちろん、それは私の願望が見せる、まぼろしなのだけれど。

「決めました、私」
「え?」

洗濯物を畳みはじめたエリーゼは、私の浮かべる笑顔に、少し動揺しているようだった。

「『すきなことは、続けたほうがいい』」

それは、かつて陽羽が私にかけてくれた言葉。

「『人間は、夢を持つことができる。それに向かって頑張ることも、悩むこともできる。それって、とても素敵なこと。』」

それは、陽羽が私にくれた、言葉という名の宝石。

「私は、自分の夢を叶えます。必ずです。もちろん自分のためでもありますが、私は、私の大切な人たちのために、夢を叶えたい」

驚きのあまりか、エリーゼは小さくくしゃみをした。

▽(12)につづく

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