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【小説】さいはてキッチン

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世界の終わりのそのあとに、僕たちは小さなレストランをはじめた。
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さいはてキッチン(prologue)

さいはてキッチン(prologue)

矢口れんとさん主催の『My-Mythology』に参加します(^^♪

なお、こちらは「さいはてキッチン」(仮題)という小説のプロローグも兼ねています。もう一度小説の筆を執ることに向き合うための、新しいチャレンジとして位置づけたいと思います。

以前、「一駅ぶんのおどろき」に「はじまりのレストラン」として投稿した作品を発展させたいと考えています。いつお披露目できるかはわかりませんが、気ままに、

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さいはてキッチン1 【シチュー】

さいはてキッチン1 【シチュー】

プロローグはこちら

<1 シチュー>

少女はやや乱暴な所作で僕の作ったシチューをあっという間に平らげた。

「おなか空いてたの?」

僕がそう問いかけると、少女はスプーンを半ば叩きつけるように器に戻した。

「別に。出されたから食べただけ」

「そう」

アオがスプーンでにんじんをつつきながら、少女に向かって

「がさつ」

と言い放ったが、少女はその言葉を無視して、食卓テーブルに組んだ足を載

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さいはてキッチン 2【実】

さいはてキッチン 2【実】

1【シチュー】はこちら

季節、という概念が消え去ってどのくらい経っただろう。困ることといえば、その日の気候や温度の振れ幅非常に広いため、着る服に毎日注意を払わなければならないことだ。

かつては気象を予測可能な情報、つまり予報として伝える職業もあったが、今この世界においてそれは不可能だし意味のないことでもあった。

その日の昼、ノイが瑠璃色のくちばしにそれの一部と見紛うほど美しい蒼色の小さな

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さいはてキッチン3【紅茶】

さいはてキッチン3【紅茶】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

***

3【紅茶】「この枯葉の入った缶はなに?」
珍しく僕の家事を手伝っているアオが、掃除の際に見つけたのは小ぶりの茶筒だった。戸棚がわりに使っている、かつて書類を仕舞っていたキャビネットの中にあったため、ほこりをかぶらないでいたようだ。
アオがふたをあけると、中にはルフナの茶葉がひとすくいほど入っていた。
「それは、枯葉じゃないよ。お湯を注ぐと美味し

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さいはてキッチン4【柿】

さいはてキッチン4【柿】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

***

4【柿】その女性は僕が淹れた紅茶を一口飲んで、食卓テーブルとセットの木製の椅子で脚を組み替えた。

「ベルガモットがまるで飛んでる。白湯の方がまだマシね」
「それはどうも」
「褒めてないわよ」
「わかってます」

さっきからノイの様子がおかしい。金管楽器のように美しいはずの鳴き声が、錆びて軋んだ金属がこすれるように耳障りなのだ。

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さいはてキッチン5【オムレツ】

さいはてキッチン5【オムレツ】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

4【柿】

***

5【オムレツ】僕の異変にいち早く気づいたのはアオだった。

「ケムリ、どうしたの。なんだか苦しそう」

拍動がひどく速くなり、僕は激しいめまいを覚えていた。招かれざる客——ミズの姿が歪んで見える。

キボウの消滅。それは、正真正銘の人類の滅亡を意味している。

科学技術の進歩は、生老病死のあらゆる葛藤や

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さいはてキッチン6【コロッケ】

さいはてキッチン6【コロッケ】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

4【柿】

5【オムレツ】

***

皮をむいたじゃがいもを鍋に入れてひたひたの水を加えてゆでる。じゃがいもが竹串がスッと通る位になったらゆで汁を捨て、火にかけて水分を飛ばす。その後じゃがいもはアツアツの状態でマッシャーでつぶす。フライパンにバターを弱火で熱し、みじん切りにした玉ねぎを入れて炒める。玉ねぎがしんなりしたら中火にし、ひき

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さいはてキッチン7【おむすび】

さいはてキッチン7【おむすび】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

4【柿】

5【オムレツ】

6【コロッケ】

***

7【おむすび】アオが「工場」で見聞したことを話すのは、ゼロイチをひどく傷つけるだろうと思った。しかし、いつまでも隠しておくのも違うと僕は感じていた。

「つまんないと思った」

アオの感想は以上だ。けれどただ「つまらない」のではなく、アオは恐らく知らないのだ、それ以上の言葉を。

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さいはてキッチン8【名前】

さいはてキッチン8【名前】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

4【柿】

5【オムレツ】

6【コロッケ】

7【おむすび】

***

黒く無機質なその機械が数台で4人を取り囲む。僕は喉が張り裂けそうな緊張を覚えたが、それをすぐにほどいてくれたのはミズのこんな一言だった。

「無礼者。機械の分際で。去りなさい」

すると数台の機械たちは電子音を交わしあい、しばし「会話」しているようだった。少しの後、

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さいはてキッチン9【遺伝子】

さいはてキッチン9【遺伝子】

プロローグ

1【シチュー】

2【実】

3【紅茶】

4【柿】

5【オムレツ】

6【コロッケ】

7【おむすび】

8【名前】

***

アオは慌てて懐からペンライトを取り出し、ほうぼうに散ったノイの残骸たちに照射する。

「ノイ……ノイ!」

アオの呼びかけに応えるように、青白いひかりを浴びた肉塊たちがいっせいに蠢きだす。

「アオは、ノイのことが好きなんだね」

僕がそう言うと、アオ

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さいはてキッチン10【鎖】

さいはてキッチン10【鎖】

←9【遺伝子】

***

僕の眼球には明け透けな青空が映し出されている。昔、宇宙飛行士と呼ばれたとある女性はこう言ったらしい。

「地球は、青かった」

と。

けれども、今日が偶然そうであっただけで、人類史末期に人間たちが縋ったあらゆる歪んだエネルギー帯たちが地球を覆って以降、赤い雲から血塊のような雪の降る日もあったし、なんなら明日は虹が何本も何百本も、空を縫うようにプリズムを拡げることだろう

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さいはてキッチン11【雨】

さいはてキッチン11【雨】

←10【鎖】

***

この世界で認識可能な事象のすべては表裏一体でありシンメトリであると、僕は自分にとっては話すまでもないことを3人に伝えた。ミズが「じゃあ認識できないものは当てはまらないのね」などと的外れなことを言うので、僕は「認識の可能と不可能についても話しておかなきゃだめかな?」と吐き捨てた。

それから数日は何事もなく過ぎた。僕とアオとゼロイチは交代でキッチンに立ち、ノイが運んでくる正

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さいはてキッチン12【無意味】

さいはてキッチン12【無意味】

←11【雨】

ゼロイチは、アオにされるがまま何度もしたたかに体を浴室の壁面に打ち付けられていた。背中の羽が何本も無残に散って、その場の空気を乱すようにふわりふわりと待っている。

「やめるんだ、アオ」

僕の制止に対し、アオはぎろりとこちらを睨みつけるだけで言葉を発しない。

「ゼロイチ、どうしてだい」

僕は彼女に声をかける。

「きみの力なら、アオをのけることなんて朝飯前のはずだろう」

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さいはてキッチン13【卵】

さいはてキッチン13【卵】

←12【無意味】

厄介なことになった。リョクウを解毒した際にミズの血液を大量に摂取したアオに、不要な感情が芽生えてしまったのだ。

不要な感情、それはいわゆる、恋愛感情というやつだ。

ミズは相変わらず平然と下着姿、ときに全裸で自由に読書などをして過ごしている。寒いとか暑いとか、そういう感覚はないのだという。それはともかく、今までならなんてことなかったその光景に対し、アオがひどく動揺しているのだ

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