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2022年3月5日

今日のココ日(ココルーム日記)
「こいつぁ南から吹いとんな」
HELLOと書かれたマスクが風にそよいでいるココルームの庭で、毎日掃除の手伝いをしてくれている釜ヶ崎のオッチャンが呟いた。

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ついさっきまでその庭に面したテラス席で、詩人や美術家と一緒にインターンの学生がねぷたの絵の具を使って作業をしていたが、いつのまにか力強くひと文字「脱」と書き上げていた。
それはいわゆる服を脱ぐ、という意味での「脱」ではなかったが、彼女の字はその力強さと華やかさから、すぐにゲストハウスのシャワールーム前に貼られた。
皆がやっていたねぷたの絵の具を使った作業に飛び入り参加したココルーム初来訪の男性は、大阪に単身赴任中。
休みの日に持て余す時間を多様性という考えの勉強に費やすことにしたら、ココルーム代表の假奈代さんが登壇したあるフォーラムの動画にたどり着いたらしい。
小学生の頃、学校の部活でサッカー部に入りたかったのにジャンケンで負けてけん玉部に入ることになったという彼は、ココルームの小上がりにあったけん玉で久しぶりの感触を楽しんでいた。
その小上がりの前のキッチンでは、ココルームの中で一番料理作りに対してモチベーションが低いと思われている僕が、ワンオペでまかないご飯作りに取り組んでいた。
昼間は前の日のまかないご飯の残りを使ってアレンジを加えるだけの省エネ調理。
夜の部はキーマカレー。
カレー用の買い出し中は、単身赴任中のお客さんがココルームの店番をしてくれていた。
作り始めるとどんどん助っ人がやってきて、みんなで一気に仕上げていく。
できあがったキーマカレーを常連のお客さんたちがあっという間に平らげるのを見て僕はホッとした。
僕の隣では、一緒にワカメサラダを作ってくれた釜ヶ崎のオッチャンが、単身赴任中のお客さんが遊んでいたけん玉の持ち主である彼の娘と一緒に観に行ったドラえもんの映画の話をしている。
「みんなで力を合わせて独裁政権を倒そうとする話やねん。革命の映画だよ!」
娘よりも彼の方が熱く映画を語っていた。
夕食も終わり、どこからともかく上がる「美味しかったぁ」という声を聞いて、僕はとても嬉しくなる。
「あ、月が細くてめっちゃきれい」
代表が庭の空に浮かぶ月を見上げて言った。
夕飯作りを手伝いにふらっと寄ってくれた別の常連客の男性が、その言葉につられてふらふらと庭へ出ていく。
しばらく黙って月を見上げていた彼。
その後店が閉店するまで手伝ってくれた。
「ほんなら行きますねー」
全ての作業が終了し、立ち去った彼が、5分後またココルームに戻ってくる。
「あのね、さっき見た細い月あったでしょ?帰りに探したら無いからどこ行ったのかなって。ココルームの屋上から見てみてもいいですか?」
「いいよ」
誰もいないゲストハウスを抜けて屋上に出る。
月は建物に隠れてしまったのか、はたまた雲に隠れてしまったのか、どこにも見当たらない。
「やっぱり見えへんなぁ」
彼は少し残念そうに言う。
ふと屋上から庭を見下ろすと、ハンモックを囲むように立っている木々が風で揺れていた。
「いい風だなぁ」と僕が言う。
「この風、南から吹いてますね」
彼は気持ちよさそうに月の見えない空に顔を向けて呟いた。
(書いた人:テンギョー)

現在、ココルームはピンチに直面しています。ゲストハウスとカフェのふりをして、であいと表現の場を開いてきましたが、活動の経営基盤の宿泊業はほぼキャンセル。カフェのお客さんもぐんと減って95%の減収です。こえとことばとこころの部屋を開きつづけたい。お気持ち、サポートをお願いしています