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地域学習をもう一度デザインする|芸北茅プロジェクト

北広島町芸北地域は人口約2,000人が暮らす山間の集落です。古くはたたら製鉄や燃料としての炭生産が盛んでしたが、現在は稲作や高原野菜を中心とする農業を主要な産業としています。僕が所属する北広島町立 芸北 高原の自然館は、地域にある八幡湿原やブナ林などの自然を保全しながら紹介するフィールドミュージアムとして、2001年に開館しました(白川 2007)。芸北地域で実施されている芸北茅プロジェクトと、同プロジェクトにおける高原の自然館の役割について紹介します。

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芸北茅プロジェクトの背景と目的

民家の屋根が茅葺きだった時代、集落には必ず「茅畑(かやばた)」などと呼ばれるススキ原が存在しました。トタンや瓦が普及すると茅は屋根材として使われなくなり、茅畑では遷移が進み、ススキ草原が森林に置き換わっていきました。

茅葺き屋根の減少は生態系の変化をもたらしました。広く中国地方全体を見ても、草原生植物は特に絶滅が危惧されています(兼子ほか 2009)。ススキが使われなくなったことでススキ原は森になり、キキョウ、カワラナデシコ、オミナエシ、ワレモコウなど、身近な植物が見られなくなりました。また草原生植物を食草や産卵場所とするヒメヒカゲ、ゴマシジミなどの草原生チョウ類も激減しました(上手ほか 2018)。鳥類でも、草原を生息域や狩り場として利用していたヨタカ、イヌワシ、クマタカなどは絶滅が危惧されています。一方で、草原がなくなったことで、ツキノワグマやイノシシなど森に棲む獣の生息域は人里近くまで拡がり、農業への被害が拡大しました。そして何より、ふる里の原風景そのものが変容し、失われつつありました。

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芸北茅プロジェクト(以下「茅プロ」)は地域の事業として2015年に始まりました。芸北中学校を中心に、保護者、地元NPO団体の西中国山地自然史研究会、教育委員会、そして高原の自然館から組織される実行委員会によって運営されています。

茅プロを進める目的は4つあります。ススキを茅として資源化することによる地域経済の活性化、ススキ草原を適切に管理することによる草本の保全やイノシシなど野生生物との境界づくり、刈った茅が屋根材として使われることによる文化財建築や茅葺き技術の伝承、そして子どもたちが茅プロに関わることによる学びの場づくりです。関係者の間では、貨幣経済・野生生物・文化・教育の頭文字を並べて「か・や・ぶ・き」として、共有されています。

授業の進行と学習の評価

授業としての茅プロの基礎となるのは、小学校5学年の授業として実施される「せどやま教室」です。芸北地域では、裏山で伐採された広葉樹を地域通貨で買い取り、薪などの燃料として流通させることで里山再生を目指す「芸北せどやま再生事業」が2012年から進められています(白川ほか 2019)。せどやま教室で児童が体験するのは、予め倒された木を定められた長さに自分たちで切り揃えて市場に持ち込む作業です。持ち込まれた木の分量に応じて、児童には地域通貨が支払われ、自分たちで買い物をして、パーティーなどを楽しみます。一連の授業を通じて、地域の山に資源があることや、仕事をしてお金を得て使うことを学んでいます。

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茅プロでは、広葉樹の代わりにススキの茅束が市場に集められ、茅葺き屋根の材料として出荷されます。茅束の対価には、せどやま事業で使われているものと共通の地域通貨が支払われます。生徒が体験する最も重要な部分は市場の運営です。

カヤプロ冊子-03

茅プロは中学2年生の授業として、茅が集まる初冬までに進められます。生徒はまず、茅葺き建築や事業としての茅プロについて学び、茅の単価や活動時間を考慮して目標とする収益計画を立てます。その計画をもとにグループ分けが行われ、刈取り・広報・市場運営などの役割が割り振られ、授業の中で自分たち自身が「具体的に何をするのか」を話し合います。例えば2019年度の例では、広報担当のグループが「前年度の出荷者には、直接電話してお願いする」という方針を立て、生徒たちは実際に電話をしたそうです。

10月と11月には、茅葺師の指導を受けながら、実際に茅刈りを2回体験します。授業としてこの時に重視するのは、茅を多く出すことではなく、「質の高い茅束」とはどのような物かを生徒自身が知ることと、「茅束を作るのに必要な労力」を実感することです。この2点を知ることで、茅束を受け入れる市場の職員として必要な、品質管理と出荷者への敬意が芽生えます。

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市場開設当日には、出荷者の車の誘導、受入書類の手続き、検品と受入、せどやま券の発行を、生徒が分担して行います。事前に予習はしているものの、生徒にとっては初めての作業であり、短時間に出荷が集中するので、作業中は必然的に没頭することになります。

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茅プロを通じて生徒が獲得する力には様々な側面があります。茅資源の出荷という一次生産と、屋根材への加工流通という三次産業を通じた「経済の仕組み」や収益目標設定のための「計算」、人との関わりによって成り立つ草原の「生態系へのまなざし」、風土と結びついた茅葺き建築や技術などの「文化」、作業や受入を通じて同級生や地域の大人たちと関わることによる「表現力」や「関係性」など、教室で学んだ社会、算数、理科、国語、道徳の学力が発揮され、地域で生きていく事に関わっていることを生徒たちは実感します。

学習の成果を評価するのも自分自身です。刈ることができた茅束の数や、地域の人に発行されたせどやま券、集まった茅束の数やそこから発生する売上などを、自分たちが最初に掲げた目標や昨年の成果と比べることにより、数値による客観的な評価が可能となります。

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茅プロのユニークな点は、中学校の活動そのものが茅流通のしくみの一部(それも最も重要な部分)として組み込まれていることです。団体や地域の大人が中学校で行う授業のために場を設えるのではなく、地域にある営みを端から学ぶのでもありません。中学生が関わらなければ茅プロそのものが成立しないのです。茅プロの一部として授業が組み込まれていることで、いわば「地域版OJT」とも呼べる教育プログラムになっていると思います。

高原の自然館の役割

茅プロの授業が成立するためには、茅刈りの指導をする茅葺師、茅刈りの場を提供してくれるスキー場、せどやま券を管理するNPO、茅を出荷する住民など、地域や団体の継続的な協力が欠かせません。一方で、授業を受ける生徒、学校の教員、そして保護者は年ごとに変化していきます。学校側のメンバーが入れ替わる中で事業の一部を学校が担うことには、事業の持続性の面でリスクがあるとともに、学校にも大きな負担がかかります。たとえば教師にとって、教科教育であればどの学校に異動しても学習指導要領に従って授業が進められますが、芸北中学校独自の授業である茅プロは、着任してはじめて知るプログラムです。

このような関係性の中で、高原の自然館が担う役割は大きく2つあります。ひとつ目は、事業に関わることの意義を、立場が異なる関係者それぞれにとって分かりやすい形で示し、関係者同士を繋いでいくコーディネーターとしての役割です。各主体に求められる具体的な行動を示すとともに、それによって得られる成果についても説明される必要があります。これには、前節で述べた教科教育と茅プロとの接点や、教育効果に対するエビデンスの設定なども含まれます。

もうひとつは、高原の自然館としての本来の役割、すなわち地域の自然を保全しながら学習機会を提供することです。茅プロが単なる経済活動ではなく、草原の保全に大きな役割を果たしていることや草原の重要性を、専門的知見を持ちながら伝える必要があります。その対象は授業を受ける中学校生徒だけではなく、茅プロに関わる多様な立場の大人たちに及びます。その結果、中学生から大人までが世代間の途切れなく、地域の自然に対する自然観を持つことになります。教育と事業を一体的に設計することの意義がここにあります。

草原をはじめ、薪炭林、ため池、用水路など、人が関わることによって作られてきた二次的自然は、人が関わり続けなければ維持できません。加えて、人と人との関わりを再構築しなければ、里地の自然と人との関わりは持続できません。地域での生活や人々の生き方そのものの中に自然や人との関わりを再構築することは、土地の風土や特性に沿った教育活動の継続により、ゆるやかに実現されるものです。ここに高原の自然館が存在する意味があるのだろうと思います。

引用文献

上手新一・松田 賢・上野吉雄・岩見潤治・本宮宏美・本宮芳太郎・中村康弘(2018)広島県安芸太田町深入山における希少チョウ類5種の生息状況.高原の自然史18:79-88

兼子伸吾・太田陽子・白川勝信・井上雅仁・堤道生・渡邊園子・佐久間智子・高橋佳孝(2009)中国5県のRDBを用いた絶滅危惧植物における生育環境の重要性評価の試み.保全生態学研究 14:119-123

白川勝信(2007)地域の自然が博物館 : フィールドミュージアムの活動.日本生態学会誌 57:273-276

白川勝信・曽根田利江・河野弥生(2019)脱成長社会の実現に必要な社会技術−芸北せどやま再生事業−.ランドスケープ研究83:44-45

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