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ステイホーム ―コロナに揺れる、ひきこもごもな生活― 5

5.「本人のため」に隠れた家族の想い

 ひきこもりが自ら相談に訪れることは殆どない。多くは同居の家族、中でも母が心配し、相談に訪れる。相談に至るまでのキッカケは、親の病気、介護、定年退職など、さまざま。相談の場で家族が話す「本人のため」。字面通り、本人のことを思い、家族は相談に訪れる。自分たちが関われないようになった時に困る本人を思って。でも、その思いとは別に、家族は家族自身の思いも込め、相談に訪れる。そこをこちらが認識していないと大変なことになる、そんな事例を以下、見ていきたいと思います。なお、取り上げる事例は個人の特定ができないようにいくつかの事例を組み合わせるなど、加筆修正を加えます。

 ジュンコさん(仮名)は30代の女性。介護施設に勤務していたが、職場の人間関係を上手く築けず、退職。退職後は自室や居間で横になる生活。これまでも何度か、介護施設に就職しては退職することを繰り返しており、同居の両親は介護の仕事が本人に合っていないのでは?と感じ、「他の仕事を探しては?」と声をかけるものの、本人は拒否。同じようなことを繰り返していました。

 時はコロナ渦。飲食店などを中心に業績不振が続いていました。なかなか求人が出ない中で、介護の仕事はコロナの影響を受けず、多くの求人が出ていました。両親は少し休めば、介護の仕事に就くのだろうと思いました。でも、退職後、1か月が経っても本人は動かず。母が声をかけると、「分かっている。介護は求人があるから、休んだら、仕事を見つける」と本人は話しました。1か月が2か月、2か月が3か月と過ぎていきました。母が声をかけると、「分かっている」と本人は話す。その会話をする回数が増えていき、退職から半年を過ぎた頃、母が同じように今後のことを聞くと、本人が「何回、同じことを聞くの。私がやるって言っているのだから、黙ってみていてよ」と話し、怒るようになりました。

 家は両親と本人との三人暮らし。本人は大人しい性格で、自分の気持ちを他人に話せず、我慢してしまう傾向がある反面、家族には自分が気に入らないことがあれば声を荒げて怒るというところがありました。高校卒業後、専門学校に進学し、介護の勉強をすると本人から言われた時は、「あの子にそんな仕事ができるのだろうか?」と思いましたが、資格が取れたことが本人の自信となり、専門学校卒業後に仕事に就けた時は、「これで安心」と両親は思いました。

 父は会社員。母は専業主婦。本人が専門学校卒業時は、父も仕事をバリバリしており、本人が初めて仕事を辞めた時も、介護の仕事は他に沢山あること、次の仕事を決めるまでの間は父の給料でどうにかなると両親は思っていました。その後、就職と退職を繰り返す中でも、両親はどうにかなると思っていました。また、どうにかなってきました。

 ただ、本人が今回、辞めた時、父は定年を迎える年でした。このまま仕事をせず、自宅にいては生活を維持することができない。それが来年以降も続いたら・・。両親は焦るようになりました。焦って、本人に声をかける回数が増えてしまい、結果として本人に怒られてしまいました。「どうしよう?」、食事の場で父に母が話すと、「これまでも仕事を辞めたら、次を見つけてきたのだから大丈夫だろう」と話す父。「このまま仕事を見つけなかったらどうするの?」、「まだ、半年じゃないか。」、「もう半年よ」、「じゃあ、どうしろと言うんだ。嫌がる本人を無理やり、ハローワークに連れていくのか?もう大人だぞ」、「大人よ、大人だから困っているんじゃない。いい年なのに、昼間から居間でゴロゴロ。スマホを見て、過ごしている。あなたは仕事で家にいないから分からないのよ」、「そんなことを言われても仕方ないだろう」、「いつもそうやって逃げる。私はあなたが定年で辞めたら、自分のことをしようと思っていたの。やりたいことが一杯あるの。それなりまた子育て。耐えられません」。父と母との間で口論となる機会が増えていきました。

 母が知り合いに相談し、私のところに両親で相談に来られました。私は両親にこれまでの経過を聞きました。その上で、本人と話をしたい旨伝え、本人に私のことを伝え、話に来てみないかと聞いてほしいと伝えました。両親は本人に伝えましたが、本人は拒否。何度か、両親との面談を重ねましたが、状況は変わらず。私は本人のところに訪問することにしました。事前に本人に両親から訪問の話をしてほしいこと、本人が私と会わなくても、それはそれで良いことを伝え、自宅へ伺いました。

 玄関のチャイムを鳴らし、出てきた両親に声をかけると、居間に案内されました。その場に本人はおらず、両親に聞くと、「本人に話をしましたが、嫌がり、部屋から出てきません」との話がありました。訪問時、初めから本人と会えることは稀であり、初回訪問は自宅に私が来たというのが本人に伝われば良く、今後の訪問、両親の対応などについて両親に伝え、短い時間で終わることにしていました。今回もそのように進め、話を終え、帰ろうとした時、「待って下さい」と母が声をかけてきました。母:「本人にもう一度、声をかけて良いですか?」私:「今回はこれで大丈夫です。」母:「いえ、もう一度だけ。」私:「声をかけて下さるのであれば、会えるか否かだけ聞いて下さい。返事がなければそれで終わりにして下さい」母:「分かりました。」と母は話し、本人の部屋に向かって行きました。

 トントン、ドアを叩く音が聞こえ、母:「ジュンコ。芦沢さんが来ているから、出てきて」本人:「・・・・・。」母:「ジュンコ。ジュンコ。いい加減にしなさい。出てきなさい」本人:「・・・・・。」母:「ドアを開けるわよ」私と父で部屋の近くまで行くと、母はドアを開け、本人の手を引っ張り、部屋から出てきました。本人:「止めてよ。」母:「あなた、いつまでこんなことをしているの。」本人:「関係ないじゃない。」母:「関係ない訳ないじゃない。あなたのおかげでどれだけ私たちが苦労していると思っ
ている」・・・・・・・自宅内は修羅場となりました。その後、父と共に母を止め、本人に声をかけ、本人とだけ話をしました。

 本人のため。それは偽りのない本当の気持ち。でも、それに家族の思いが加わった時、大変な場面に遭遇することがあります。本人の思いと家族の思い。それそれの思いが上手く交わり、進んでいくことができれば、相談を続けながら、そう思います。

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