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『哲学』の散歩道 SEASON2 Vol.13 『意識と次元』(8)最終回(2364文字)

今回は、「12」から「13」の数字の象形と次元のお話をしよう。


1) 「12」の象形的意義


「12」の象形的意義を見る前に、あらためて双対そうつい相対そうたいのお話をしておこう。これは、数字の象形における他者と他者スターの区別だ。

他者は、一般的に言う他人ではなく、自分の中に居るもう一人の自分という意識内の他者を示し、これを双対そうついと表現する。これは、『哲学』の散歩道 SEASON2 Vol.9 『意識と次元』(4)「数は「初めから双対だった」ことを明かす」で触れたように、自分と、もう一人の自分の関係といって良い。

また、もう一人の自分は性別的に自分とは異なるもう一つの性、つまり男性だったら女性、女性だったら男性となる。男性では男性の女性性、女性では女性の男性性の関係だ。

他者については、正四面体構造で触れたが、単純に「陰陽」のバランスと考えてよいだろう。単に我と汝として、もう一人の人格としてもよいが、その場合、交流分析で有名な威厳的親(父)、養育的親(母)、理知的大人(兄)、無邪気子供(弟)、従順な子供(妹)などの代表的な区分けがある。

男性であるとどうしても権威的な父親や兄弟関係のニュアンスが強くなり、女性は、養護的な母親や姉妹的な趣向が強まる。社会的な側面や心情的に、生理学的な性に潜む反対のジェンダーは否定され抑圧されやすい。そのような「陰陽」のバランス感覚とでもいうのだろうか、自らの両極を見極めることが、実社会での対人関係のスキルにも反映していくだろう。

ジェンダーについての課題は多いが、最も離れた関係性を中和していくことが、この「我と汝」の根本的な構造に表われていると考えている。

一方、他者スターは、社会的な対人関係を示す。これが一般的に言われる他人を示す。

「2」の上部の開いた曲線が、個々(自分)と他者✽の視点を統合する象形を示しており、社会性を伴う人間関係への理解の入り口に立つことを示し、「12」は、自らの双対関係にも、相対関係にも気づいている状態を記している。

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2) 「13」の象形的意義


次なる「13」で、さらに組織的な集団の視点も持つことを意味する。

「3」でも解説したように、下の曲線が集団的視点を表現し、他者✽の他者視点を統合していくイメージである。

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1の位の「1」を持つことで、人間関係の気づきは極めてスムーズに自然な形で行われ、ストレスなくお互いのシナジー(お互いを尊重し高め合える)効果を発揮できる関係性が自ずと生じてくる。

だから、単なる「3」の段階とは格段に異なる。文字通り「位」が違う意識の深みにおいて繫がり合える段階といえよう。

現状では、人間の意識は「13次元」の能力を持っていると推測している。その根拠となるものは、幾つかあるが、その紹介はまたの機会にしよう。

個人的には、「3」が非常に重要な意識段階を示していると考えている。以前も触れたように、私たちの意識段階は「0・1・2」の段階で留まっている。まだまだ先があるのだが、突破のポイントとしては、双対関係を意識することだと感じている。

3) より深みを増す意識へ


最近のスピリチュアル界隈では、意識高い系の話がややトレンドを過ぎた感があるが、依然「次元上昇」やアセンションなど、上昇のイメージが続いている。

そもそもこの上昇というイメージに「愛」は感じられるだろうか。「愛」については「愛の美学」に合わせて綴るが、いったい自分がどうなるのか、この上昇の煽りを受けて置いてきぼりにされそうに感じる御仁ごじんはいないだろうか。

この上昇というイメージがどんな感覚を生み出すか、そろそろ気づいてもいいのではないだろか。

現代のヒエラルキー構造自体、違和感たっぷりの代物となっているなかで、このイメージは即座にその底辺の存在を醸し出さざるを得ない。単なる頂点と底辺は、自然には存在しない。

「木」には「てっぺん」がある。しかし、それは私たちが勝手に見る仮の姿で、地中には同じだけの「根」がある。

上▲があれば下▽がある。それで中和される。
トイレも、女性▲用があれば、男性▽用がある。

上下で成り立つ。これはどちらが良い悪いの問題ではなく、双対関係が基本だ、ということだ。

三角▲が一つは自然ではありえない。特にこれだけ残ってしまったのは、一神教的宗教思想の影響が強い。その世界観は『神聖なる世界』に記した。

数字の象形で、大切なことは「視点」だ。この視点は、まっすぐに先を見つめる。そこに自ずと「視線」が生まれる。

簡単な証明だが、「意識がある」とは、脳が働き各々の感覚器官が開いているときだ。眼を見開きその視点がどうなっているかをみれば分かる。私たちの視線の定位置はどこか。それはまぎれもなく正面だ。上でも下でもなく正面を見ている。

これが、奥行きである。

意識は、深く奥行きを増していく。先を見ること。これはみんなしている、あたりまえのこと。

私たちの意識は、社会活動をしている人であれば、すでに10次元以上ある。それは、今まで見てきたとおりだ。

その意識に辿り着くには、自身の内奥を直視し、第一段階として「2」から「3」の段階の内なる汝を見つけることで深まっていく。これは、上昇ではない。

ここでは、▲と▽の見立てが大切なのだが、その話は、「ニュートンとゲーテ「性格」と「強み」で引き続き解説していこう。この後の、意識の深まりについての理論体系も、他マガジンで触れていく。

「哲学の散歩道」「意識と次元」はここでひとまず終了としたい。このマガジンではまた新たな命題を掲げて再度お送りしていく。

最後までお読みいただいたことを
感謝申し上げる。


次回から
「哲学の散歩道」は SEASON3
「こころ観のこころみ」
をお送りします。










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