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ハミングバートのホバリング効果

ギャップに壊れた、幻の水族館プロジェクト


わが社は小さな広告代理店で、主要クライアントは日本を代表する著名な水族館だった。その会社の代表は無類の中国通だった。その頃、北京に水族館がないことを聞きつけ、高度な日本の水族館プロジェクトを提案した。すると中国政府は水族館の必要性を認識し、この件を行け入れるため、非常に迅速で積極的に検討した。ほどなく中国側から絶好の候補地を紹介され、すぐに現地視察することになった。

水族館の建設予定地は、京杭大運河の北端に位置し、北京にも近い、通県のもう一つ下の行政単位である郷か鎮だったと思う。今は北京市の副都心になっていると聞いている。

水族館の建設予定地に近くに、表敬訪問した行政区の担当者が、ここは南京出身の 作家・曹雪芹(そうせっきん) が「紅楼夢」を書いたといわれるところだとにニヤニヤ顔で説明した。この建物には広い中庭があり、咲き乱れた花々に蝶が飛び回っているのが見えた。「こちらの蝶は大きいですね」と話しかけると、「いえ、これは蝶ではなく、ハチドリですよ」といわれ、近づいてみると4~5羽のハチドリが飛び回っていた。

中国にハチドリがいるとは聞いたことがなかった。「ブンブン」 と蜂のような羽音をたてるので、日本ではハチドリ(蜂鳥)、英語はハミングバードと呼ばれると現地コーディネーターが教えてくれた。愛らしいハチドリはホバリングで空中で静止しながら、花の中に長いクチバシをさしこみ、蜜を吸って食事をする。このめずらしい鳥をカメラにおさめ、長い間ながめている間に、以前、ハチドリを特集したテレビ番組を思い出した。その時は確かハチドリはアメリカ大陸、南米だけに生息すると説明があったと記憶している。

しかし実際に中国でハチドリを見てしまうと、アメリカ大陸、南米だけに生息しているという世間の常識に疑問を感じて、帰国後、中国のハチドリを調べてみた。確かにハチドリは中国に生息している。それだけでなく、多様なハチドリの種類が存在し、一部は固有種として特定地域に生息している。また、中国の広大な地域には多様な生息地があり、山岳地帯や森林地帯など、ハチドリが好む環境が広がっているといわれる。さらに、中国にはハチドリの保護区や自然公園もあることがわかった。

ホバリング技術のように、全体像をみるべきだった

さて、水族館プロジェクトは両国の積極的な希望で早々に契約が交わされ、両国関係者は大喜びで、すでに事業が大成功したようにふるまっていた。しかし、両国の認識の違いにいずれの側も気づいていなかった。元々、水族館事業は非常に高度な技術力が必要である。建物の建築はもとより、内部の特殊ガラス、海水処理や水の循環装置に関して多くの外国技術の導入が必要であることを水族館側は何度も主張した。それが予算における両国の考え方の大きなギャップとなり、交渉は何度も暗礁に乗り上げた。そうこうしている間に、北京市内に先を越されて小さな水族館ができてしまった。しかも連日大入り満員の大盛況となっていたのだった。

両国の事業担当者はなすすべもなかったが、わたしは何度目かの交渉を目的に北京で厳しいやりとりをしていた。心の中でこれはもう無理かなと思った。そのとき、一人の役人がわたしたちが視察した役所の庭にいたハチドリの写真を見せて「われわれもこの方法を使うべきだった。ホバリングですよ。プロジェクト成功のためには、時にホバリングで全体を見直す必要があるのに、自分たちの主張ばかりして数年を過ごした」、自嘲ぎみにはにかみながらビールを飲み干し、部屋を後にした。







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