「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第17話
「あれ?加賀美先輩……いない」
しんと静まり返った図書室。いつも以上に寂しさを感じる。放課後、私は過去の『宝石』を確認しに図書室にやってきた。真っすぐに図書準備室に入る。
「えっと……旧校舎が閉鎖された年だから……」
およそ20年前に創刊された号を探そうとして本棚に目を移した時だ。
「ん……?」
ほんの少し本棚から飛び出した本が一冊だけあった。誰かが引き抜こうとして止めたかあるいは急いで仕舞おうとしてうまく入らなかったのだろう。
『宝石』のバックナンバーを読む人なんているだろうか。自分で言っていて虚しくなるけどマイナーすぎる。
そもそもここは図書委員と教師以外は立ち入ることができないし、生徒に至ってはここに『宝石』があることなんて知らないだろう。
私は導かれるようにその本を手に取って驚いた。
「これって……ちょうど探していた号だ」
『宝石』の表紙を見て息が止まる。
作者の一覧に栄真珠さんの名前があったのだ!
3年2組と書かれているところから彼女の卒業前に書かれた、最後の部誌だと分かった。
私は夢中になって真珠さんの作品のページを捲る。
作品は手書きの原稿を印刷したもので、現在の『宝石』よりも手作り感を感じられる。宝探しのことや窃盗集団のことも忘れて夢中で読んだ。
「すごい……」
印象的な詩の後に、中学生が主人公の物語が続く。
それは自分の未来に不安を抱きながらも独特な感性を持った主人公が真っすぐに学校生活を送るストーリーだった。
今、私が抱いている不安が見事に表現されていて暫くぼうっとしてしまう。こんなにすごい作品を私と年の変わらない子が書いていたなんて……!
感動すると同時に物凄い敗北を味わう。私はどこまで行っても凡人で、ただの中学生でただの文芸部員なのだ。
このまま自分の才能の無さに打ちひしがれていても仕方ない。私よ、現実に戻ってこい。
さて。どうしてこの号が本棚から飛び出していたのだろうか。私は顎に手を当て考える。
真珠さんの作品が掲載された号を知っていて、尚且つ学校に隠された宝について知る人物……。
「清水先生……?」
私は思わず顔を上げ、図書準備室を見渡した。図書室に人の気配はない。
真珠さんのことを良く知る人物、かつての同級生であり探偵の片割れ……となると清水先生がここを訪れていても不思議はない。
何気なく最後のページまでいくと作品を掲載した生徒達のコメント欄に目が留まった。
そのコメントを目にした瞬間、私の頭の中にひとつのストーリーが浮かぶ。もしかして……そういうこと?
私は静かに冊子を閉じるときちんと本棚に戻した。
宝の輪郭が朧気ながら見えたような見ないような……。重要なカギを拾い集めることができたと思う。
ひとりで部活を終え、図書室の鍵を返す。私は足場と防音シートで囲われた旧校舎を見上げた。着々と舞台が整っていく様子を見て私は唾を飲み込んだ。
来るべきその瞬間に備えなければ。
紫陽花ロードには多くの人が集まっていた。
屋台が並び、いつもより人通りが多い。交通規制や誘導のため、警察官の姿も多く目につく。
お祭りをスルーしなければならないのは辛かった。全てが終わったら屋台で何か食べよう。
様々な思考を巡らせながら通学路を歩いていたらいつの間にか学校に到着していた。
「おはよう」
「お……おはようございます」
休みの日にまで鬼山先生に会わなければならないとは何の修行だろうか。私は首をすぼめながら素っ気なく挨拶を返す。
ついにこの時が来てしまった……。
学校の先生達は休みか、殆ど紫陽花まつりに出てしまっている。その関係で部活動も休みなので学校は不気味な静けさに包まれていた。
まるで嵐の前の静けさだ。私は工事のために足場とカーテンに囲われた、灰色の旧校舎を見上げて黙り込む。
「やっほー!紬希!お待たせ―」
瑠夏の明るく大きな声に少しだけ落ち着きを取り戻す。瑠夏の後ろから和久君も片手を挙げていた。
「須藤!お前なんだその恰好。バレーボールでもするつもりか?」
鬼山先生の指摘は尤もだ。ジャージに膝と肘にはサポーター、バレーボールの入った袋を背負っている。私も学校指定のジャージを着て来たけれど、瑠夏の恰好はこれから試合にでも出るのかという格好だった。
「いいえ!試合に臨む気持ちで片づけようと思って準備してきました!」
もう何も言うまい……。私は瑠夏の分かりやすい嘘にため息を吐いた。
「やる気があるのはいいことだ」
鬼山先生が腕組をしながら唇の端を上げた。本人は笑っているつもりなのだろうが凶悪な顔になってしまっている。
「お前達もやけに大荷物だな」
「ああ。午前中はエアガンのシューティングレンジに遊びに行ってたんですよ」
私達の後からやってきた火縄一派が得意気に答えた。恐らくエアガンの機材であろう肩掛けのケースを持ち上げてみせる。
いちいち見せつけてくるところがわざとらしい。イラっとしたが逆に好都合。これからもっと大変なことが起きるかもしれないから。
「皆さん休みの日にわざわざありがとうございます」
清水先生の声に私は緊張感を高めた。
学校に隠された宝の存在を知る生徒栄真珠さんの同級生であり、窃盗団『カラス』との繋がりが疑われている要注意人物……。爽やかな笑顔さえ胡散臭くみえてしまう。
「では早速。1階の机や椅子をグラウンドの一角に運べるだけ運んでください」
私はポケットに潜ませた暗号文に触れた。これから片付けという名の宝探しが始まる。
「おはよーございます」
解体工事の業者と思われる作業員たちが通り過ぎて行く。
「おはようございます。ご苦労様です」
清水先生が軽く会釈をし、鬼山先生も頭を下げる。私はその光景を黙って眺めていた。
「お先~」
火縄一派が私達よりも先に旧校舎に駆けこんでいった。
「紬希!これからどうすんの?片付けそっちのけにしたら先生達に怪しまれるだろうし」
「先生達の目を上手く盗みながら暗号文を解いて行くしかないよ。それに和久君は暗号の見当ついているみたい」
私の言葉に和久君が大きく頷いた。
「防音シートのお陰で先生達は中で僕らが何をしてるか見えないから良かったよね」
「でもそれは宝を狙う人たちにとっても同じ……」
この状況はいい方向に転がりもするし悪い方向に転がりもする。怖いけどその先を見てみたいような……不思議な気持ちになった。
「そうと決めればやる気いれておこう」
そう言って瑠夏が掌を下にして腕を前に出す。和久君もノリノリで腕を前に出して瑠夏の掌の上に軽く乗せる。私もふたりの掌の上に自分の手を乗せた。瑠夏のこの体育会系のノリにも慣れたものだ。
「ファイトーッ、オー!」
「なんだ?片付けにそんな気合入れて」
後ろで鬼山先生が腕組をして不思議そうな声が聞こえて、笑いそうになる。
こうして私達の宝探しがスタートした。
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