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海の近くに住んでいる未来の自分へ

 私は大阪で生まれ、千葉で育った。どちらも海無し都道府県ではないが、海の近くで育ったわけでもない。でも、なぜ海の近くへ住むことに強烈に惹かれてしまうのだろうか。

 二十代のころハワイに一年弱住んだことがある。美しい海が、いつも身近に存在している、と誰もが思っている場所だった。それより前に初めてハワイ旅行をした際、いつか絶対ここに住もう、と根拠もなく決意し、四年後にその思いを叶えることが出来た。そのころ人生の岐路に立たされ、心身ともに疲れていた。自分の人生を一度リセットしたい気分だった。

 そのころ海辺へ行くだけで癒されていく自分を感じた。海水の成分が人間を形成している水分と似通っているため、人は海に癒される、と聞いたことがあるが、あながち嘘ではない気がした。

 ハワイに住んでいたころは、留学生の身だったけれど、バス停で世間話をした日系の高齢女性から、どこの高校に通っているのかと尋ねられ、地元で育った学生じゃないのかと驚かれた。コーヒーショップの店員には、カネオヘ(観光客はほぼ行かない地元の町)から来たんでしょ、と話しかけられた。アメリカ人のルームメートは、それを聞いて笑っていた。

 ハワイへ住みに行った三年前に、休暇で訪れたサイパンのマニャガハ島では、バナナボートへの乗船を待っている際、地元ツアー係員の男性が、あなたチャモロ族(原住民)に似てる、と急に英語と片言の日本語で話しかけてきた。マニャガハ島に地元民は来ない。観光客がオプショナルツアーで来る島であり、ライフジャケットを身に着け、バナナボートを待っているのが地元民であるわけがない。

 どうやら、海の近くに住んでいる住民に溶け込むのが得意らしい。もしかしたら、私の遠い祖先は海の近くで生活していたのかもしれない。

 先日初めて沖縄へ旅行をした。コロナの影響で職を失い、またもや傷心状態だった。やはりそこでも沖縄の美ら海に癒された。古宇利島の砂浜から青く透き通った海を見ているだけで、爽快な気分になっていった。

 東京へ戻ってきてからは、沖縄移住のことばかり考えている。ハワイの時と同じように実現させられる、と確信している。

 未来の自分がこの文章を見たら、どう思うのか。「何をたわけたこと言ってるのか」と苦笑いするのか、それとも「そうだよ、海の近くに住んでるよ」と微笑むのか。

#わたしと海

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