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【連載小説】冬の朝顔④

入学式が始まるまでに、龍一は先生に頼んで彼女のお墓に連れて行ってもらった。
 
『先生、俺、一人で話したいことあるから、暫く離れていてくれませんか?』
 
『いいわよ』
 
先生は少し離れた場所に移った。
 
 
『ねえ、俺、君の事
 
 ずっと、ずっと 好きだった
 
 たぶん、初めて声をかけられたあの日から
 
 好きだったんだ
 
 
 『キモいんだよ。死ね、ばーか』
 
 そんな一言でもいい
 
 もう一度
 
 もう一度だけ
 
 君の声が聞きたいよ
 
 ……
 
 今頃言ったって遅いね
 
 どうして、君がいるうちに言わなかったんだろう
 
 君がいるうちに
 
 君がこの世にいるうちに
 
 フられたってかまわない
 
 どんな言葉だって
 
 君が、
 
 君が生きているうちに言わなきゃ
 
 何の意味もないんだ
 
 いくら叫んだところで
 
 もう、届かない
 
 そして
 
 もうふられることさえも出来ない
 
 
 最後に一言だけ
 
 みんなに内緒でよく頑張ったよね
 
 
 卒業、おめでとうって
 
 言わせて欲しい
 
 
 そして、
 
 さよならも……』
 
………………
…………
……
 
 
 
『もういいの?』
 
『はい。彼女に伝えたい言葉、伝えました』
 
『そう…』
 
『先生、思ったときにはすぐに行動しなきゃダメってことですよね』
 
『その通りよ。ふられて泣くのと、怖くて何も言わないのと、後になってからどっちの後悔の方が大きいと思う?』
 
『それは、何もしなかった方でしょ? 
 
だって、俺は、伝えたいと思ったときに、その人はもういなくて、
 
そして何を話しても永遠に返事は返ってこないんだから…』
 
 
一瞬風が通り過ぎた。
 
『気持ちだけは受け取ったよ』
 
龍一にはなんだか彼女がそう言ったように感じた。
 
ありがとう
 
この先、辛いことがあったらまたここに来るかも。
 
君が最期に見せてくれた勇気を貰いに…
 
………………
…………
……
 
 
 
 
****
 
このままじゃだめだ、
そう思い中学に入ってすぐに始めたトランペットだった。
 
部活の中で出会った友だち、そしてみんなで一緒に作り上げた作品で全国を経験した。
 
それは龍一にとっては今までの世界感を全く変えてしまうほどの大きな出来事だった。
 
すぐにここに報告に来た。
 
その後も、重圧に潰れそうになると時々やって来ては愚痴をこぼしたりもした。
 
それでも、龍一の眼は死んではいなかった。
 
あの日までは。
 
あの事故が起きるまでは………
 
 
「俺、どうしたらいい? 
 
 宗司も、和泉も俺のこと許してはくれないよ
 
 宗司を見つけたら伝えてくれないか
 
 俺はまだあいつに会う勇気がないんだ…
 
 親友だったはずなのに、
 あいつがあそこまで思い詰めていること、
 気付いてやれなかった
 
 全国に行くこと、それだけしか頭になかったんだ
 
 みんなで行かなきゃ意味がないのに
 
 
 俺にはもう、あいつのいない場所で
 全国狙うだなんて言う資格なんかないんだ…」
 
……………
………

 
 
一刻を過ごした後、龍一が霊園の出口に差し掛かると、門の所で女生徒が一人立っていた。
 
「やっぱり、ここだと思った」
 
うつむきがちな顔を上げると優子が立っていた。
 
龍一はふぅーっとため息をつくと、
 
「もう、いい加減諦めろよ。今日の和泉を見て分かっただろ?」
 
「分からないわ。分かってたまるもんですか」
 
「まとまらないよ。こんなバラバラな気持ちで、一つになんかなれるわけがない」
 
「和泉は間違ってる。宗司は絶対に今のあなたの姿なんか望んでいないはずよ」
 
「強いな、お前。俺には無理。もういい加減自由にさせてくれ」
 
「自由って何よ。逃げたその先に本当の自由があるとでもて言うの?」
 
「もういい。お前といるとますます気が滅入る」
 
龍一はそう吐き捨てると、優子に背を向け一人歩き出した。
 
優子はその場に立ちつくしたままだった。
 
暫くして背中に優子の叫ぶ声が聞こえた。
 
「わたし、諦めないから! 私はみんなを信じてるから!」
 
それが重いって言うんだよ
 
龍一は心の中でそう呟いていた。
 
 
**************
 
 
その夜、和泉は宗司からのLINEを見つめていた。
 
今でもこうやって時々読み返す。
 
 
今日、楽しかった?
 
俺、とても楽しかった。
 
だけど一つだけ…
 
 
………………
 
 

 
もう、何度読み直しただろう。
 
これが宗司と和泉の恋の始まりだった。
 
この日は、龍一と優子も一緒だった。
 
仲良しの4人で休みの日に映画を見に行ったその日の夜に、宗司から来たLINEのメッセージ。
 
 
だけど一つだけ…
 
 
なんだろ…?
 
間違えて途中で送信しちゃったのかな?
 
暫く待ったけれど、でも、いくら待っても続きが来る気配はなかった。
 
もう一度さっきのLINEを開いてみる
 
あれ?
 
空白行?
 
スクロールしてみる
 
長い長い空白行
 
その最後にやっと見つけた
 
 
『左隣の女の子が気になって、映画の内容、全然覚えてない』
 
 
左隣…
 
私のこと…
 
 
 
ずるいよ
 
空白行の長さだけ
 
言えない想いがあるってこと?
 
それともこれはただの悪戯?
 
 
今でもはっきりと覚えている。
 
あの夜の胸の鼓動を。
 
 
宗司の告白ともいえるこのメッセージは今でも泉の宝物だった。
 
やがて泉と宗司は付き合い始めた。
 
 
宗司・・・
 
楽しかったね
 
帰り道
 
部活が終わるといつも一緒に帰ったよね
 
仲良し4人、並んで歩く帰り道
 
並んで歩くといつものように時々触れる肩と手の甲
 
私のすぐ隣を自転車が駆け抜ける
 
少しよけたら腕と腕が重なって
 
私の人差し指とあなたの小指が触れる
 
歩くたびに触れてあなたの小指が少しだけ動いた
 
繋がった私の人差し指とあなたの小指
 
歩くたびに
 
少しずつ少しずつ指が重なって
 
私の中指とあなたの中指
 
私の小指とあなたの人差し指
 
そして
 
ついに
 
つないじゃったね…
 
掌と掌が重なっているだけの繋ぎ方
 
それでも私の顔はまっ赤っかだったと思う
 
目の前の夕陽みたいに
 
私とあなたが初めて手をつないだ日のこと
 
今でもはっきりと憶えているよ
 
駅に着いたら、
 
改札の前で手を離してバイバイした
 
もう、
 
あんな日は二度と帰ってこないんだね……
 
 
宗司
 
会いたいよ…
 
会いたい
 
どうして私の前からいなくなっちゃったの?
 
スマホの画面を見つめたまま、頬に幾筋もの涙の後を残しながら、やがて和泉は深い眠りへと落ちていった。
 

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