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1日に映画館で映画を何本見られるか

 イオンシネマが1日映画見放題のフリーパスを期間限定で発売していると知った。2,500円で何本でも見られ、しかもドリンクが飲み放題という太っ腹な企画だ(現在は終了)。筆者は以前から、映画は1日1本というのを原則としてきた。2本以上見てしまうと、最初に見た作品の印象が薄まってしまう。1つの作品を重んじ、その日はその作品のことを考えるためにも1日1本としてきた。

 ところが、今回、映画見放題というある種の挑戦状が映画館側から出された。普段より映画館に通い、少しでも拙い記事を出している身としてこの企画を記事にしないわけにはいかない。逡巡はありながらも利用することにした。企画に乗るのであれば当然フリーパスは最大限活かさなければならない。ということで、今回は1日に映画館で何本見られるのか、を検証した。

 朝9時の5分ほど前。イオンモール茨木の入り口付近には開店待ちの人が数十人いる。9時になると同時にドアが開き、一斉に4Fの映画館を目指す。筆者が到着すると、すでに自動発券機、有人販売所、予約チケット発券機には行列ができている。タイミングが良いのか悪いのか、その日は連休の初日で、遠出がしにくい情勢であり、さらに新作『コンフィデンスマンJP』の公開初日というのも重なったことが理由と思われる。ちなみに『今日から俺は‼劇場版』の人気も要因のようだ。上映回が多いのでスケジュール調整しやすい作品だが、驚くほど興味がなかったので今回は見ていない。

 フリーパスは有人販売所で購入できる。10人ほどの列に並んでいると前の中高年2人はフリーパスを買っていた。パスでの座席指定、チケット発券はパスのチェックがあるため有人販売でないとできない。1回で2本分のチケットを購入でき、1本見終わるごとに1本購入できる。前日、夜中に大阪中のイオンシネマをチェックし、上映作品、上映時間を吟味して最も効率よく見られるスケジュールを立てた。死角はない。

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1本目『アンチグラビティ』 9:15~11:20

 朝一で見る映画は良い。1本分の物語を味わっても、それからまだ1日が残っているからだ。映画館の多くが、9時台からが最初の上映で、終了間近の作品やマイナーな作品は、朝だけ、夜だけ、というパターンが多い。そのため朝と夜の9時台は多くの作品の時間が被り、今回のスケジューリングで一番の難題となった。今回は、朝一ということで映像美がポイントとなるSFで、重たくないアクションを選んだ。

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 『アンチグラビティ』
 昏睡状態となった人の意識、夢は、あるチャンネルで他の人ともつながり、共有されるバーチャル空間が存在していた。他者の意識も、感覚も感情も存在する。そこで人は、現実ではありえない能力を開花させ、新しい自分になれるという本当の夢の世界だった。

 世界観や設定が、案外広がりがあり、ある思想への問いかけやミステリー要素もある。ゲームを映画化したような感じで、設定を活かしたアクションが物足りないものの、映像の迫力はなかなか。ただ、仮想世界には「リーパー」と呼ばれる死をもたらす怪物が登場するが、それを脳死患者とする設定はかなり危うい。作品は、ある思想や価値観で構成されるが、この設定は、作中で主人公が否定する思想と親和性が高いので矛盾を感じる。エンタメ作品なので、脳死患者の延命=悪、という極端な価値観が安易に入り込まないかが懸念される。

2本目『海底47M 古代マヤの死の迷宮』11:30~13:10

 1本目のカロリーを抑えたので、準備運動後のような感覚だった。最新作のコンフィデンスマンと、この作品は上映時間の選択肢が多かったので合間を埋めるのにちょうど良かった。見ることは決めていたので、事前に予告やあらすじなど情報は入れなかった。大きなスクリーンを前にして、どんな映画なのか初めて知るというのが、筆者の好きな見方だ。タイトルから、インディジョーンズ風と予想していたが、結果的には全く違った。

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『海底47M 古代マヤの死の迷宮』

 引っ込み思案のミアは、義理の姉とその友人に連れられ、秘密の海中洞窟へ、危険としりつつダイビングをすることになった。最近発見された、古代マヤが築いたとされる海中墓地はどこまでも続く迷宮となっている。狭い石造りの通路を進むと、目の前に現れる古代マヤの遺跡。好奇心に誘われ、進んだ先に待っていたのは、果てしない絶望だった。

 ホラーと言うべきか、スリラーと言うべきか。とりあえずマヤ人の霊的なものは出てこない。スクーバダイビングの経験がある筆者としては、ダイビングで海中洞窟という設定だけで十分怖い。狭い場所で、空気がなくなっていくというのは現実味のある恐怖なので、パニック感や絶望感がひしひしと伝わってくる。最後の最後まで息つかせない一作。

昼休憩 13:10~14:00

 過密スケジュールのため、肩の力を抜いていたが、2本目は多少消耗した。作品としてよくできていたと思うが、シンプルな脅かしや怖さがメインの、ホラーを普段見ないせいかあまり楽しめた感覚がない。テンションが高い次の作品の前に昼休憩があったのは助かった。ゆっくりしていられないので、フードコートでカツカレーを満喫する。昼時ということもあり、広いフードコートは満杯に近い。他の店が空いているのに、家族連れも含めてマクドナルドが長蛇の列だったことに、そこはかとなく残念な気持ちとなった。

3本目『コンフィデンスマンJP プリンセス編』14:00~16:15

 正直、この作品は見る気があまりなかった。ただ、前作でも活躍していた三浦春馬さんが、公開直前に死去したこともあり、見ることにした。3本目からは、これまでの1日の視聴本数記録を超えてくるので筆者にとって未知の領域だ。

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『コンフィデンスマンJP プリンセス編』
 世界3位の超絶お金持ちのレイモンド・フーが亡くなった。世界を動かすその資産に注目が集まる中、レイモンドの遺書には、冷酷・放蕩・わがままなフーの子ども3姉弟ではなく、謎の末っ子ミシェルが継ぐと書かれていた。ミシェルとは誰なのか、名乗り出ない後継者に目を付けたダー子は、詐欺師の子で引っ込み思案のコックリをミシェルに仕立てあげることに。金を目当てに金持ち・詐欺師・殺し屋・マフィアが大集合する世紀の祭典が幕を上げる。

 派手な演出、大胆なストーリー、濃いキャラクターという映画の要素が壮絶なバトルロイヤルを繰り広げるなか、主演・長澤まさみさんの演技の面白さが他の要素を黙らせた感じ。三浦春馬さんと長澤まさみさんの共演シーンは、キャラの掛け合いとしてはこの映画で一番見応えがある。全体的に俳優が楽しんでいることが伝わってきたが、正直、映画としては前作の方が主演に特化した分面白かった。ところで主要キャラのコックリ役、関水渚さんが、広瀬すずかと間違うくらいに似ていた、と同時に演技が良かった

4本目『進撃の巨人 クロニクル』16:30~18:45

 これまでは、肩の力を抜き、それほど重いテーマの映画でもなく、感情が揺さぶられることもなかったので、疲労はそれほどない。映画館内は暗いので、時間感覚が狂いそうになるがちゃんとスケジュールを立てたので問題はない。館内は人混みとまではいかないまでも、ドリンクコーナーも券売機も常に人は並んでおり活気がある。

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『進撃の巨人 クロニクル』
 巨人が支配する世界。人類は3重の巨大な壁を築いて何とか生存していた。およそ100年間、平和だった壁の中で、ある日壁の外を夢見る少年が目にしたのは50Mの壁から顔を出す超大型巨人だった。突如激化する巨人の侵攻、新たな巨人の出現、そして壁の中の争い、人類は、少年は生き残ることができるのか。

 これまでのテレビシリーズを2時間に再編集したもの。どこまでやるのか気になったが、駆け足でほとんど最後まで見せる構成に。アニメを全部見た人、漫画をほぼ読んでいる人が復習目的で見るならまだしも、重要なところも見どころも一瞬で駆け抜けるので初見で見るのはもったいない。

5本目『ゲド戦記』19:10~21:20

 前人未踏の5本目。フードコートのうどんは、時間がないなかでベストな夕食だった。ここまで来ると、この日何をしていたのかが判然としなくなる。映画の記憶はあっても、自分がどう過ごしてきたのかの記憶がない(実際にイスに座っていただけだ)。

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『ゲド戦記』
 王宮を逃げ出した王子アレンが砂漠で出会ったのは旅の途中の大魔法使いゲドだった。均衡が崩れはじめ、魔法が力を失くしていく世界で、ゲドはその原因を探していた。立ち寄った街ポートタウンでゲドたちはクモと名乗る魔法使いの噂を聞く。「また同じ過ちを繰り返すのか、クモ」。ゲドとクモには因縁があった。

 ゲド戦記はアレンとかテルーが好きだ。筆者は原作をあまり覚えていないので、原作を踏まえないで見たとすると、さすがに意味が分からないところがあるし肝心なところでゲドが何もしていないのは残念。とはいえ、全くの別世界を味わえるアニメーションは、実写よりも没入できることもある。ジブリ再上映企画なら、正直に言うとゲドよりも『平成たぬき合戦ぽんぽこ』や『紅の豚』、『天空の城ラピュタ』などが欲しかった。

6本目『WAVES』21:25~23:55

 ゲド戦記はすっきりしないところがあるものの、それなりに満足感があるのでようやく映画を見た、という感覚があった。それでも時間はまだあるので、かねてより注目していた作品を本日の〆として見る。

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『WAVES』
 将来を期待されるレスリング選手であり、恋人のアレクシスとも良好なタイラーは順風満帆な高校生活を楽しんでいた。事業をする両親は、夜遊びをするタイラーに小言はあるが、素直な息子を愛し、何不自由ない生活を与えていた。だが、ある日肩の痛みを訴えたタイラーは、医師にレスリングを中断するよう忠告される。同時にアレクシスの妊娠が発覚し、タイラーは動揺する。突然訪れた人生の転機を前に、1人の少年が悩み、苦しみ、叫ぶ。

 定番の青春ラブロマンスかと思いきや、「人生」や「家族」、「愛」を驚くほど丁寧に、繊細に描き出す。「映画でよくある話」、そこに存在する複雑な感情と、目の前にある生活を省略せずに、続いていく人生まで写した作品。この作品の焦点は、時間が進んでいくごとに移っていく。それは生きていくなかで、景色が変わっていくようにも見える。言葉にできないものがあるからこそ、映画を作っていると感じさせる。この日の締めくくりとしてはベストな選択だった。

1日が終わる

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(写真はイメージ)

 イオンモールを出ると、もう日付が変わっていた。人々が行き交い、コロナ禍のなかでもにぎわいを見せる巨大な建物は、朝とは変わって無言の威圧感がある。この1日の記憶をたどると、人類が滅んだ巨人の世界、詐欺師が暗躍するシンガポールのリゾート地、サメに追われる海中洞窟が頭に浮かぶ。これまで、かくも豊かで、圧倒的で、実体のない1日があっただろうか。この日、おそらく破られることはないであろう(少なくとも筆者は破らない)新しい記録ができた。1日に映画館で見られる映画は6本という結果となった。

 今回大量に見て感じたのは、1本見るごとに感覚は更新されていくが、最初に見た『アンチグラビティ』を忘れることはない。『WAVES』は人生や家族、愛と向き合わさせられる作品で、この後に何か見る気にはならないが、仮にその後『海底47M』を見ても、味わいが失われることはないだろう。結論としては、何本見ても1本の良さを忘れることはないが、存在感としては1本がどうしても軽くなってしまう。

 何もなかったようで、記憶をたどれば高揚感や緊迫感、切なさが思い出される1日。平凡な現実のなかで映画という仮想世界は刺激になる。だが、仮想に時間を使いすぎれば、現実の重みを忘れてしまう。凡人に仮想世界の過剰摂取は毒になりそうだ。1日1本の原則は、適切な量だったようだ。

総本数:6本
総上映時間:780分 /13時間(予告編等含む)
ドリンク:ジンジャエール、メロンソーダ、アイスコーヒー、Qooオレンジ
費用:2,500円(食事代除く)

(文・写真 有賀光太)

画像出典

(httpswww.youtube.comwatchv=5PjY8UMnFGw)(httpsgaga.ne.jp47m_maya)(httpsconfidenceman-movie.commovie)(httpsshingeki.tvmovie_chronicle)(httpswww.youtube.comwatchv=tQ6ycrqUSSY)(httpswww.phantom-film.comwaves-movie)

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