見出し画像

「運命と宿命について」第17回コア学サロン(2021年1月)

この記事は

毎月開催されるコア学研究所の講義を書き起こししたテキスト(有料記事)となります。コア学研究所プレミアメンバーには毎月読むテキストとしてPDFをお送りしております。

コア学研究所はこちら


運命と宿命という2つの道


今回のテーマは「運命と宿命」です。なんだそれ?って方もいるかと思いますが、なんとなく雰囲気でわかると思います。運命と宿命って簡単に言うと「自分のすごく好きな生き方をする」と「自分に与えられた生き方・役割を果たす生き方」の2つです。「自分の生きたい生き方・やりたいことをやって生きる生き方」と「自分が求められる生き方・自分の強みとか才能とかお役目を果す生き方」っていう2つは、実は2つの道になってます。

いままで、いまどっちを生きればいいんだろう?いまどっちが大事なの?みたいに感じたことありますか。「やりたいことをやる。生きたいように生きる。自分の感覚の赴くままに生きる。目標とか予定とか立てずに生きる」っていう生き方と、「自分で責任を持って、人様のために自分の役割を果たそうとする」っていう生き方。どっちだろう?ってなったことありませんか?

お役目を生きるしかしたことがなくて、やりたいことのやり方がわかりません。そういう方も多いと思います。どっちかを既に生きてきた、結構やってきたって方もいらっしゃると思うし、両方やってみたけど2つの融合ポイントを見つけられないって悩む方もいらっしゃると思うし、自分がいまどっちを生きてるのかそもそもわからないって方もいると思います。

これって一言で言えるわけじゃなくて、私はお役目を生きるしかしたことがなくて、やりたいことのやり方がわかりませんっていうのも、やりたいことやる生き方を、無意識だけどどこかでやってきているんだよ、たぶんね。人生を振り返ったら1日だけかもしれないけど、絶対したことがあるのよ。ただ、自分の感覚としてはこっちのルートを歩いてる感覚が強すぎて、あっちのルートがあるはあるんだけど、もはやどうやって歩いたらいいかわからないって感覚なのかなと思います。

これは多種多様なので、自分はどうかな?2本の道をどう生きるてるかな?って。いままでの人生とかいまを振り返ってもらいたいんです。ちなみに全員両方あります。やりたいことやる生き方しかない、お役目を生きる生き方しかない、どちらかしかないって方はいません 。両方あります。

例えば人生で何をやるために生まれてきたのかってことが気になってしょうがないときは、お役目とか宿命にフォーカスが向いてるときです。こっちをやり過ぎると、あっちに引っ張られるみたいに、この2つはゴムの綱引きみたいに繋がっているんです。だから、どっちかをギューってやりすぎると反動でパンってなったり、こっちをギューってやりすぎるとあっちが反動でパンっとなったり、そういう傾向があります。

どっちもすごく大事なので、2つを融合して両方をやる、2つの道そのものを生きることが非常に重要になるということが、今回の大きなテーマです。私達の体は1つですから 体1つでどうやって2つの道を生きるかってことです。「やりたいことをやる」「感情とか感覚とかフィーリングに従って生きたいように生きる」ってことと、「与えられしものをこなす」「自分の人生に舞い込んでくるお役目を果たしていく」っていう、この両方をどう生きるか。両方を同時に混ぜていくことが大事です。

なので、両方やったことがあるってことにまず気付くことがすごく大事。どっちもやったことがないって人はまずいません。こっちしかやったことなくて、こっちは全くやったことありませんって人はいません。

ただ、自分の感覚として、どっちかに寄りがちっていうのはあります。でも両方やったことがあって、日常でも両方やってるから、じゃあ両方やってるってどういう感じなんだろう?ってまずそこに気付いていくことが大事なんですね。

皆さんはどっち寄りだと思いますか?やりたいことをやる生き方が傾向として強いのか、お役目を果たして生きる生き方の方が強いのか。いまの時点でいいです。なんとなくこっちが強い気がするとか、こっちの傾向が強い気がするとか、どっちが強いですか?ちなみに私は完全にお役目を果たす生き方が強いです。ついそっちに行っちゃう傾向があります。

宿命とはあらかじめ自分に与えられているもの

宿命と天命は少し違います。言葉遊びみたいなものでそんなにこだわってないからさらっと聞いてくれればいいんですけど、宿命って字のごとく「命に宿る」ものなんだよね。避けられないみたいなものです。避けられないってことを違う言い方にすると、既に与えられしものってことなんだよね。お役目と言ったりもします。既に与えられしものなので、獲得していくとか、できないことができるようになるっていうのは、宿命ではなかったりします。

宿命って命に宿るってことなので、あらかじめ持っているものってことです。つまり、既に自分に与えられているものを生きるってことが宿命を生きるってことで、お役目を生きるってことなんだよね。お役目を突きつけられるとか、ちょっと避けるとかってことを、違う言い方をすると、あるがままの自分を避けるってことだよね。あるがままでいることで叶えられることとか、あるがままの自分を生きることに責任を持つことが、宿命を生きるってことなんです。

天命っていうのは天の命だから、宿命は自分のここに宿ってるけど、天命ってもうちょっとゴールなんだよね。最終形態とか召されるときの自分みたいな。ちょっとレイヤーが違うんだよね。捉え方が一緒だったら言葉使いだけだから天命でも全然いいんだけど、間違ってるって言いたいわけじゃないんだけど、宿命ってそういうことです。

じゃあ運命って何かって話をすると、運命って「命を運ぶ」「運転の運に命」って書きますよね。だから、運命って自分のハンドリングが大事になってくるのね。自分の意志とか意識をちゃんと持って運転することが、運命を生きるってことなんです。だからまだうまく運命を生きていないときって、自分の感情とか周りの感情に流されて生きることが起きやすいの。

最初に自分はどっちだと思う?って聞いたけど、いまの説明を聞いた上で、もう一度本当はどっちを生きてたんだろう?って考えてみてほしいの。 お役目を生きてるって思ってたけど。実は感情に流されてただけだったら、宿命を生きてるってことにならないんだよね。フタを開けてみたら運命に振り回されてただけってこともあるのね。

逆に、自分がやりたいことやって生きているように見せかけて、実はあるがままの自分、既に与えられた自分の生き方をしていたという人もいます。その場合、運命じゃなくて宿命を生きていた、お役目を生きていたことになります。


どんどん詳しく説明していきますが、まずこの段階でプチワークみたいなイメージで、どっちの傾向が強いか考えてみてください。運命を生きているんだけど、全然ハンドリングできてないので生きてる感じがしないってこともあります。どっちもできていない気がするのはよくあることです。でも、どっちに寄りやすいか、どっちに偏りやすいかって傾向はあります。宿命に関することで葛藤するというのも宿命を生きるってことになります。

ここから先は

10,881字

¥ 1,800

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?