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「イヤな記憶」にとらわれない

あなたはチャレンジできていますか?

いま日本に住む人たちは、子どもから大人まで、人として成長していくには新しいことにチャレンジしていくべきと言われます。私も新しいことにチャレンジすることで人は成長するのだとは思いますが、だからと言って、誰もがチャレンジ精神に富んでいるとは思いません。

コーチの私を訪ねてくる人の中にも、なかなか思い切ってチャレンジ出来ない人がいます。チャレンジするだけの能力が自分にあるのかと自信が持てなかったり、失敗するリスクばかりを考えて怖くなったりしているようです。

たとえば1年間休職して、その時間と多少の資金を費やせば海外に留学に行くチャンスがあるとします。そんなチャンスがあれば飛びつく人が多いとは思いますが、一方で、「1年間も休職すると、同期に出世で先を越されるんじゃないか」「それだけの時間と費用をかけて学びに行っても、それに見合った成果が得られる保証はない」などとネガティブ思考になって、渡航の決断ができない人がいます。

このように、チャレンジに対してリスクを恐れず、もっと言えば、リスクを恐れるどころか楽しんで前向きに捉えていく人と、少しのリスクでも過敏に反応して躊躇する人に分かれます。

あなたは、どちらのタイプでしょうか?


チャレンジを躊躇させるもの

もし、あなたがチャレンジを躊躇しがちであれば、その原因はどこにあるのでしょうか?あなたの生まれつきの性格でしょうか?それとも、これまでの経験から、新しいことに取り組む時には慎重に検討するように習慣付いているからでしょうか?

チャレンジに対して消極的な人には様々なタイプがあると思いますが、子どもの頃からこれまでに何かにチャレンジして大失敗に終わった経験がある人は、チャレンジに消極的になりやすいと思います。

でもなぜ、過去の失敗が、今の決断に大きく影響するのでしょうか?

確かに大失敗した後は、誰でも多少は落ち込みますし、それが長引いて心に深い傷を残すこともあるでしょう。でも、同じような大失敗をしても、案外、素早く立ち直る人もいるのです。

この違いは大失敗をした後の脳の使い方の違いによるものです。大失敗した出来事の記憶が未来のチャレンジにそのままネガティブに働くのではなく、その記憶が脳でどのように処理されて貯蔵されるのかによって、結果が大きく違ってくるのです。

失敗したことで一時的にひどく落ち込んでも、その失敗は「自分らしくない!」とさっと切り替えてしまえば心の傷になることはありません。けれども、失敗を自分の責任だとひどく責めて、今回の失敗とは直接関係のない自分の欠点まで持ち出して来て、「だから、私はダメなんだ」「もう二度とチャレンジなんてしたくない」などと何度も何度も失敗を思い出すのにまかせてイヤな気持ちを繰り返し味わっていると、やがてそれがイヤな記憶(エピソード記憶)として貯蔵されます。

認識のパターンが悪さをする

『「イヤな気持ち」を消す技術』(苫米地英人著、フォレスト出版)(以下、※)によると、失敗した経験がそのまますぐに長期記憶として保存されるのではありません。長期記憶として記憶されるには、人の進化の過程では古くからある大脳辺縁系の扁桃体と海馬が関係してきます。

海馬は短期記憶の貯蔵という役割のほかに、長期記憶を保存しておく側頭葉への記憶情報の出し入れのためのゲートという役割があります。

一方、扁桃体は海馬に働きかけ、海馬が出し入れする記憶を増幅したり弱めたりする働きをしています。この「記憶を増幅したり弱めたりする」というのは、進化の過程で生命の危機に対して瞬時に反応するための機能です。

たとえば、あなたが人生で初めて山の中で野生のクマに出会ったとしましょう。当然、すぐに逃げなければならないわけですが(実際には、急に動くと余計に危ないと言われます)、いちいちクマとの距離とか、追いかけてくる速度とか、その距離と速度から計算して走って逃げ切れるのかなどと意識的に頭を使って考えている暇はありません。それこそ、「ぎゃっ!」と言って一目散に逃げていくのが得策です。その時、素早い行動と瞬発力を発揮できるように脳が働きます。

すなわち、扁桃体が海馬から似たような過去の記憶を増幅して引っ張り出して来ます。例えば、子どもの頃にヘビに遭遇して怖い思いをした時の記憶を引っ張り出してくるのですが、すでに大人になったあなたにとってはヘビに遭遇した記憶くらいでは、いま目の前に発生しているクマとの間の危機に対して行動を起こさせる程の効果がありません。だから、扁桃体が海馬に働きかけてその記憶を大きく増幅して引っ張り出すのです。

これと同じように、大失敗をした後、くよくよして何度もその失敗を思い出すと、その度に海馬と扁桃体の連携によって記憶の増幅が繰り返されます。すると今度は、人間の脳の中で最も新しく進化した脳であり知性を司っている前頭前野に大失敗した時のイヤな記憶(エピソード記憶)の認識のパターンが作られます。そして、ここまで来てしまうとこの認識のパターンが未来の出来事に対しても長く悪影響を及ぼすようになります。

多くの人は、心の深い傷までにはなっていなくても、思い出すとイヤな気持ちになるいくつかの苦い思い出があるはずです。そういう記憶は、同じように前頭前野に何らかの認識のパターンを作っていると思われます。

このような認識のパターンを前頭前野に作ってしまうと、思い出すたびに、ひどく落ち込んだり、悲しんだりといったネガティブな感情を繰り返し味わうことになってしまったり、同じような出来事が予想された場合に、増幅されたネガティブな感情が立ち上がって来て、その未来の出来事を避けようとしたりしてしまいます。

過去のイヤな出来事がそれほど深刻なものではなく、しかも一生に一度しか起こらないようなことであれば、蓋をしてやり過ごす道もあるかもしれません。けれども、似たような出来事がこれからの人生で何度も起こり得て、しかも、実はチャンスを掴むためには乗り越えなければならない出来事なのであれば、イヤな記憶を持ち続けるのは人生にとってマイナスでしかありません。ずっとこの先、チャレンジしようとする時の大きな障害になってしまいます。

そうだとすれば、なんとか対処する方法を知っておきたいでしょう。

対処する方法とは

一つには慣れることです。イヤな気持ちを生じさせる類の出来事に慣れてしまって、どうと言う事のないことにしてしまえば、もうイヤな気持ちは出てきません。ここで、「慣れるというのはそれが自分の身に何も危険を及ぼさないということを体験的に繰り返して知るという意味です。」(※、p.66)

同じような出来事に遭遇してもイヤな気持ちではなく、楽しい、ワクワクするなどの気持ちが湧いてくるように慣れてくれば、扁桃体がその出来事に対して鈍感になり、引っ張り出される記憶が増幅されなくなります。記憶が小さくなって、その記憶自体があまり重要ではなくなってくるのです。

例えば(命に直接関わる例ではありませんが)、あなたは会社員で営業職についているとします。月末月初は売上や利益、コストに関する数字のことで忙しくなるのですが、あなたは数字の扱いが得意ではありません。月末になるといつもより忙しくなるうえに、嫌いな数字を扱うのは苦痛でしかありません。それに先月も先々月も数字の間違いがいくつも見つかり、上司に散々叱られてしまいました。(上司によって解雇されれば、生きる糧が失われて、命の危機に陥るかもしれません!)

こう言う時、もちろんリラックスして作業することでミスを少なくするとか、自分で計算ミスや見落としを少なくするような工夫も必要ですが、月末に数字を扱うことにネガティブな連想をしてしまうのでは、作業に着手する前から緊張してしまって、自らミスを起こす心身のコンディションを作り出しているようなものです。

だから、「月末の数字」というのを少しでもポジティブな出来事として記憶しておくのが良さそうです。

そのために、たとえば、月末月初の数字を完了させた後には、自分へのご褒美にいつもよりも豪華なランチを食べにいくとか、気心知れた友人と週末にキャンプに出かけるとか、何か特別な、自分が少しハッピーになることと「月末の数字」をリンクさせておくのです。

そうやって「月末の数字」に慣れてくれば、数字の扱いが好きになって得意な業務のひとつになるかもしれません。

イヤな気持ちになる出来事やイヤな記憶に対処するもう一つの方法は、抽象度の高い思考をすることです。

ここで抽象度の高い思考をするというのは、感情で頭の中がいっぱいになっているのを、頭を使って考えるように切り替えるというくらいに捉えてもらえれば良いと思います。

たとえば、先ほどの「月末の数字」の話でいえば、数字のミスを上司から厳しく叱られた時、ひどく落ち込んだり、自分のダメな所がほとほとイヤになったりします。そういうネガティブな感情でいっぱいになっている時は、大脳辺縁系の働きが活発になっています。

脳には階層性があって、古い脳である扁桃体や海馬よりも、新しい脳である前頭前野の方が優位です。優位にあるというのは、上位の脳である前頭前野が働いている時には、下位の脳である大脳辺縁系の働きが抑制されると言うことです。(※、p.71)

感情が揺さぶられて激しく動揺している時に、前頭前野を働かせて論理、理性で思考すると、感情を司る大脳辺縁系の働きが抑えられ、気持ちが落ち着いてきます。このように前頭前野から大脳辺縁系へ介入させることによって、恐怖のような強い感情がなくなってくると、逆向きに前頭前野の認識のパターンが薄れていきます。(※、p.73)

上司から叱られて、悔しさや不甲斐なさで気持ちが動揺している時には、「(上司の)Aさんは、私の将来のために、厳しく指導してくれているんだ」「今回はつまらないミスをしたが、そもそも、大勢には影響しないマイナーなミスだ。あんなに大声で怒鳴らなくても、指摘されたことは十分に理解できる。たいしたことのない上司だな。これなら、上司を5年で追い抜けるぞ」と前頭前野を使って考え始めると、スッと感情が落ち着いてくるのが感じられると思います。

このようにして、イヤな記憶が作り出した認識のパターンは一つひとつ弱めていくことができます。

イヤな記憶が気にならなくなった、その先は

これから心から達成したいと思う事にチャレンジしようとする時、心の中で何か自分を押し留めようとする力が働くかもしれません。そう言う時は、イヤな記憶がないか、一度心の中を点検してみてください。そして、イヤな記憶の存在に気づいたら、ここで紹介した「慣れる」「抽象度の高い思考をする」ことでイヤな記憶の認識のパターンを一つひとつ弱めていってください。(もし、トラウマになっているような大きな心の傷がある場合には、専門家を訪ねて受診されることを強くお勧めします。)

ただし、大きなチャレンジに取り組み続けていくためには、もう一つ大事なことがあります。それは自分の能力に対する自己評価であるエフィカシーを高めることなのですが、エフィカシーについて下記の記事などを読んでみてください。機会があれば、エフィカシーについてもまた新しい記事を書いてみたいと思います。

★今回参考にした書籍です。


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