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結婚式するの?”


結婚したことを報告すると
2言目、3言目くらいに周りの人はきいてくれた。


おめでとう、結婚式するの?”
と、定型できいてくれる方がほとんどだと思う。


する予定はない”と答えると
肯定してくれる方ばかりだった。

お金かかるもんね
しない人も増えてるよね
“身内だけでやるのでもいいしね”


夫婦のお金はもちろん、時間、仕事、家族、友人、子どもがいたら子ども、色々天秤にかけるのだから、大変な決断だよね。
コロナ禍を経て、結婚式は自由意志だよね、という共通認識が、ぐっと深まったことも大きかったと思う。

だから、
する予定はない”
と、答えたときに



何でしないの?””
した方がいいのに””
絶対記念になるよ””



といった返答が無かったことは
少し助かった。



でも、

お金かかるもんね
しない人も増えてるよね
“身内だけでやるのでもいいしね”


という肯定の言葉に



そうじゃ、ないんだけどな “

と、急に息ができなくなるような
目の前がグレーになるような
脳をストップさせるような
そんな感覚でいた。


結婚式を

(意思
したいか
したくないか

(条件(お金、時間
できるか
できないか

の選択肢の中から、
わたしの気持ちを選ぶと、

結婚式を

したいけど

できるけど


“できない”


だと思う。  


お金かかるもんね
なんとかなる

しない人も増えてるよね
しない人も増えてるかもしれないけどしたい

“身内だけでやるのでもいいしね”
ここが、問題だった



わたしは、”母を結婚式に呼びたくない”。

その思いで、結婚式をできずにいる。



母は、わたしにとって毒親だ。



小さい頃は、洗濯がしてもらえなかった。



理由は、


「わたしはお前たちの洗濯をするために生きているんじゃない!」


と、母が叫んでいたからだ。

そういうものなのかと思った。

小学校一年生から、自分が着る服、給食着、体操服など、学校生活に関わる全てを自分で洗って用意していた。

最初こそ、くちゃくちゃだったと思うけど、



周りの子が、


アイロンでピッシリ整った、洋服やハンカチ、給食着を着ていたり


柔軟剤の良い匂いがする体操服を着ていたり、

新学期が始まると、綺麗に洗われた上履きを履いていたり、

それらと自分の違いに気づくには、
時間がかからなかった。

子どもながらに、恥ずかしくて、



親が家事をしていないと思われたら恥ずかしい
親に世話をしてもらえていないと思われたくない

という思いで、

幼ながらにも、

臭くならないようにお洗濯して、
母が自分の服をアイロンしているのを見ていて、
見よう見まねで、キーピングをスプレーしてアイロンをかけて、

あたかも、

親が綺麗にやってくれますよ
ちゃんとお世話してもらってますよ

と、思われたい一心で、やっていた。

ここまでだと、自律心を育てる教育方針にも見えなくないけれど、


はっきりと叫ばれたから憶えている。

「私はお前たちの洗濯をするために生きているんじゃない!」


何かにつけて

「私はお前たちの〇〇をするために生きているんじゃない!」

と叫ばれていたから、



小学生の頃から

ああ、母はわたしを産んでよかったとは
思っていないんだな、と感じていた。


でも、この頃はお金に困っている様子も少なくて、

時々外食にも連れて行ってもらっていたし、
時々お洋服も買ってくれた、
時々朝ごはんも作ってくれていた

と思う。

運動会にもお弁当を作って来てくれたし、
遠足があったらお弁当を作ってくれた、
参観日も来てくれた、

だから、ちょっと厳しい母、でも優しいところもあると思っていたし、お話もそれなりにしていたと思う。


わたしが母に言葉をかけられなくなる出来事がある。


もともと、たまにしか家に帰ってこない父がいた。

不倫とかそういうのじゃなくて、
母が嫌で帰ってこないのだな、というのは
子どもながら分かっていた。

分かる、わたしも母のいる家に帰りたくないもん。

そんな父と、知らない間に離婚していたのが、
中学2年生。


それまで専業主婦やぽつぽつパートをしていた母だったから、お金が無かった。


朝から晩まで働く状態だった。


中学生のわたしは、


親が家事をしていないと思われたら恥ずかしい
親に世話をしてもらえていないと思われたくない


という、小さい時からの行動から、
学級委員長、生徒会、部長、といった誰から見ても真面目な、優等生に育っていた。


ただ、家に帰れば、

夜ご飯を作ってもらえるかは、母の気分の運、しだいだったから、

インスタント麺やら、食パンやら、

祖父を介護している祖母の家まで行って
おにぎりをもらったりして、

ご飯をたべたり、

洗濯、掃除はもちろん、家のことは自分がやっていた。


母は夜にぐったりと帰って来て、

疲れて神経が立っているから、

怒らせないように、
叫ばれないように、

気を使っていた。


母と話す時は、

「部活動費でいくらかかるので”頂きたいです”」
「同級生と遊びに行くことになったのでいくら”頂きたいです”」

といった、お金が必要なときにお願いをするだけになっていた。

数少ない会話だが、

机にお金を叩きつけ、発狂する。

「私はお前たちに金を取られるために働いてるんですね!!」

「こんなに働いてもお金取られるなら◯んだほうがマシだ!!」

「お母さんもあんたたちみたいに遊んで暮らしたい!!」


今でも耳に焼きついている。

申し訳なさと、怖さと、どうしてこの家はこんなんだろうかと、泣くこともできず、震えて声が出なくて、ありがとうございますもまともに言えなかった。

タイミングを見計らったけど、やっぱりお金のことになると、お母さんが一番不安だから怒っちゃうよね。


親が家事をしていないと思われたら恥ずかしい
親に世話をしてもらえていないと思われたくない

という思いから、

ほんのたまに同級生から遊びにいこうと誘われても、親からお金をもらえないから(欲しいと言えないから)行けないとは言えなかったし、


少しでも産んで良かったと思われたくて、
ずっと真面目に、だれからみても優等生だと言われる努力をずっとしていたけど、


あ、わたしって遊んで楽して暮らしているんだ、

お母さんはわたしたちも育てるのは◯にたいくらい辛いんだ、


周りの方からできた子ですよ、と言われても、市の、県の、地方の何かに選抜されても、

お母さんはわたしたちを育てるくらいなら◯にたいんだ、

もっともっともっともっと努力して

特別な子になって

自慢できる子になったら

そんなこと思わないかな、

そんな風に考えていました。


ここまでは中学の話で、一旦止まります。


ここで、書いておきたいのは、
ひとり親で、わたし含めて3人兄弟を育てるのは、本当に大変だっただろうし、◯にたいと言ってしまうほどたくさんたくさん苦しいことがあったと思う。

母も一人で抱えていたと思う。
頼れる人も少なかったと思う。

ここまで育ててもらったことを感謝をしている。
自分も社会人になった。
当時から今も、
母の辛さ、痛いほど分かる。

嫌いでもない、いなくなって欲しいわけでもない

けど、


愛されていると実感できることはなかったし、
自分は生きていていいんだと感じることもできなかった。


自分は愛されたかったんだな、生きていていいんだと思える10代を送りたかったんだな、と

自分の心に折り合いはついています。

でもたまに、心にしていた蓋ががあいてしまうと
当時の記憶が溢れ出ることがあります。


話を戻すと、


”母を結婚式に呼びたくない”


というところ。


友人の結婚式に参列する度に、


ベールダウンで見つめあって母娘で泣く姿

中座で「おかあさーーーん」と母を呼び、
母娘で手を取って泣きながらお色直しに向かう姿


手紙で、今まで育ててくれた感謝を涙しながら読む娘と受け止める母


自分にはそれはできない。

であれば、


ベールダウンはやらなくてもいいだろうし、

中座はだいすきな友人にお願いもできるだろうし、

感謝の手紙も無くてもいいのだと思うけど、


結婚式の会場に


母がいること自体がいや”


なのかもしれない。


会うだけで



お金もなくて
何もできなくて
何も言い返せない
自分にすぐ戻ってしまう。


あの頃の自分を思い出してしまう。


お金かかるもんね
なんとかなる

しない人も増えてるよね
しない人も増えてるかもしれないけどしたい

“身内だけでやるのでもいいしね”
ここが、問題だった



身内だけで結婚式をする、
難しい


一般的な結婚式をする、
世間体で母も呼ぶが、母親が登場するであろうシーンに一度も登場しないのは、参列者も気になるだろうし、だからといって、周りの目を気にして母娘のシーンをするのも、どうなのかな。


ただ、夫側の親戚の結婚式に参列させてもらった際に

義母が泣く姿を見て

息子の結婚式を見たいだろうかと

少し気持ちが揺らいだ。


しない予定であることと、
義母が泣いているのを見て気持ちが揺らいだ、

ということだけ話した人からは、

そうだよね、自分達はしなくてもいいけど、
“家族のためにした”っていう子もいるもんね


と意見されて、
そうか、とも思った。


わたしには家族のためにしたいという家族はいないのだが、

夫側からみたら、話は別であるし、


限りある近い未来の範囲で


もう少し考えようと思う。


結婚式をしない”

にもいろんな理由がある、
という話をしたくて書き始めたら
とても長くなりました。



書ききれていないこと、
全体像が分かりづらかったり、

言葉選び、言い回しで、
いやな気分にさせてしまった方がいたら
ごめんなさい。
誰かを傷つけたいわけでは全くないです。
(母は、初めて知る娘の気持ちに傷つくかな、?辿り着けないと思いますが)

寝られない夜に、3時間かけて書きました。


長いお話、最後まで読んでくれた方は
ありがとうございました😊



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