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産qレース 第十九話

 女性比率が高い職場では、妊娠する際には、その順番が重要だ。
 複数が同時期に妊娠した場合、最後に産休にはいる者はしんがりを務めることになる。つまり、先に産休にはいったものの、残した仕事や人数が減った代わりに増えた仕事を負わなければならない。

 当然ながら、お祝いムードなど皆無に等しく、妊娠中の身重の体には、精神的にも身体的にも負担がかかってしまう。

 12月、寒さが増す一方、イルミネーションが輝き、街はクリスマスカラー一色になってきている。

 徳川との生活にも徳川の姓にも、やすこは少しずつ慣れてきた。ようやく、やすこの実家から必要最低限の荷物の引っ越しを終えた。

 新生活で、徳川と二人の生活を楽しもうと思っていたその矢先。

 『最近、熱っぽくて、基礎体温がずっと上がってるから、もしかするかな。」

 半信半疑で準備しておいた妊娠検査薬で調べると、うっすらとテスターの線が出てきた。

「公さん、起きて。これちょっと見て!」

 徳川は、起き抜けのぼやけた顔で眼鏡を探し、やすこに導かれるままトイレまでやって、検査薬を見せられた。

「これは、もしかするともしかするね!」

 二人は、手を取って喜んだ。

 結婚前から約6ヶ月程、妊活をしてやっと妊娠の陽性反応が出たのだ。

 「絶対に無理してはいけないよ。自分一人の身体じゃないんだからね。」

 数日後、婦人科に行き、妊娠が確定した。そして、役所へ行き、母子手帳や育児に関する読本、マタニティマークなどをもらい、徐々に実感がわき始めた。
 しかし、仕事のことを考えると気が重く、やすこは幸い悪阻なども軽く健康優良な妊婦だった。そのため、なんの配慮も得られない。

 帰蝶に言われたことも気にかかり、できれば安定期まで公表したくないと思っていたが、上司である源氏には妊娠の報告をした。

「わかりました。公表については、徳川さんのタイミングでお知らせします。今後は、リハビリ科の内規に準じて、患者さんを割り振ります。しかし、今までの患者さんはそのまま担当して下さい。
あと、可能であれば、電子カルテのリーダーは続けて下さい。
 最後に、今後は勤務評価が上がることはないと思って下さい。身体に気をつけて、勤務をお願いします。」

「できる範囲で頑張りたいと思いますが、なぜ勤務評価は上がらないんですか?」

源氏は、めんどくさそうな態度で言い放った。
「では、他のスタッフと同じように仕事ができるのですか?
他のスタッフが肩代わりしてくれるのです。当然では、ありませんか?」
『当然。。。今まで、源氏が不在でいろんなことをフォローしていたのは、何だったのか。こんなことを、他の同僚も言われて、大きいお腹で仕事をしていたのか。』

 その日の帰り、やすこは、通勤時のみ使用しているマタニティマークをカバンの外に出し、ぼんやりとホームを歩いていると、中年の女性に、足を引っ掛けられて、転びかけた。
 中年の女性は、やすこに対して、
「妊娠しているからって、いい気になってんじゃないよっ」と吐き捨てた。
 やすこの身体は硬直し、吐き気さえ覚えた。

 妊娠は、病院や会社、社会にとって悪なのか?妊婦はお荷物なのか?育児の女性は邪魔者なのか?
 妊娠しないと子供は産めないのに。
 しかし、やすこは同時に、子供を守るのは自分しかいないと強く自覚した。

 帰宅した徳川に源氏の事や駅のホームでの出来事を話すと、「よくがんばった。何もなくて良かった。」と抱きしめて、頭を撫でてくれた。
 「通勤時間は危ないから、職場に公表して、時短をしたほうがいいよ。子供を守れるのは、僕ら親だけだから。」とやすこは同じことを思ってくれる徳川にとても安心した。

 時短勤務を使用するため、信子に引き続き、やすこの妊娠は職場の同僚へ周知された。 
 信子は悪阻が落ち着き始めると、切迫流産の可能性があると、度々遅刻早退し、休むこともあった。出勤しても、任せられる仕事には限界があり、帰蝶が苛立っているのが傍目からもわかるくらいだった。

 一方、体調の差もあるが、やすこと信子の仕事量が明らかに異なった。やすこには、介助量の多い患者がそのまま任され、電子カルテ係の電話がしばしばくる。それに比べて、信子は雑務は、新人だからという理由で免除され、安定期に入ってもお腹がはるといっては、軽い仕事を回してもらってい、定時に帰宅しており、やすこは妬ましく思うようになっていた。

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