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産qレース 第八話

スタッフルームに戻ると、平家がいた。

 平家は、やすこの所属する入院リハビリテーションの責任者で、育休中の源氏科長の代理も兼務していた。

 「今川さんが、明智さん泣かせちゃったの?」と平家はニヤつきながら尋ねた。
 「いえ、患者さんを転倒させてしまったので、その相談に乗ってもらってたんです。今川さんに、泣かされるなんて、そんなことはないです。」と信子が弁護した。

「えっ、また、転倒させたの?」と平家は大袈裟に驚き、また信子を涙目にさせた。

 平家は、新卒からつる千病院に勤めていおり、早々に同期入職の看護師と結婚したそうだ。長いものには巻かれ、強いものの意見を通し、部下の意見は聞かず、部下のアイデアや手柄は横取りし、美人には甘いタイプの上司だ。その上、男手が必要な介助が大変な患者さんは、腰が痛いと言う理由で、他の女性スタッフに振ってくる。そして、家庭を大事にするといえば聞こえはいいが、早帰りで連休を取りたがり、空きがあれば旅行の予約サイトを勤務中も見ている。

 女性職場の中の男性だから、重宝されているが、世間一般で言えば、使えない上司だ。

 やすこにとっては、頼りにならない上司ではあるが、雑務のワンクッションにはなるので、居ないよりはいい存在だ。

「転倒された患者さんも明智さんの担当は希望されていないようですし、今後は代理での担当はしないように斎藤さんにお願いしてもらえますか?あと、真田さんと伊達さんも声を掛けて、明智さんと私で移乗の練習をしようと思っています。」

平家は相変わらずにやけながら、「斎藤さんには明智さんから、今回の事故報告の件も含めて、相談したほうがいいよ。移乗の練習もいいけど、勤務中はやめてね。それは、練習であって、仕事じゃないから。」

 

やすこは、軽く頷き、「わかりました」と無愛想に小さな声で返事をした。

信子も、「私のせいですみません。」と小さな声ですまなそうに平家とやすこに伝えた。

 後日、斎藤に事故について伝えると、平家同様に驚かれたが、やすこの申し出を渋々聞いてくれた。また、患者さんも大事に至らず、今回は事なきを得た。 
 そして、昼休みにやすこと信子に加えて、入職2年目の伊達と真田も交えて勉強会と言う名の特訓を始めたのだった。

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