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産qレース 第二十話

 妊婦検診と重なり、久々にやすこは三連休をとった。
 休みの初日、職場から電話がきた。

 声の主は、真田だった。
「お休み中にすみません。担当患者さんの連絡書類が2名分ありません。どんな訓練内容か、口頭でいいので教えて下さい。」

「あれ、印刷したはずだけど。あっ、パソコンのデスクトップに徳川のファイルあるから、開いてみて、そこに連絡書類のデータがあるはず」
 院内の電子カルテには、個人ファイルを管理する機能もあるが、使い勝手が悪く、しばしばパソコン上に保存していた。

 「えーっと、徳川さんのファイルないですね。他のパソコンにも、、見当たらないですね。」

「あれ、おかしいなぁ。じゃあ、ひとまず、口頭で伝えるね。連休なのに、ごめんなさい。」

「大丈夫です。わかるようにしておきますね。」

「ありがとう。」

『帰り際に、確認したはずなのに』とやすこは首を傾げた。


 休み明けに早めに出勤し、ひとまず歯磨きをしようと思い、スタッフルーム内の棚においてある歯磨きセットを開くと、明らかに歯ブラシが黒くなっている。

『なにこれ、3日でカビ生える??新婚旅行のあとだって、生えてなかったのに。』と思いつつ、歯ブラシを捨てた。

 共有パソコンを確認すると、デスクトップ上の自分のファイルが全て消されていた。

 その上、二人分も患者さんの連絡書類を忘れるとは思えない。あたりを探してみると、機密文書用のゴミ箱が目についた。ゴミ箱を探してみると、下の方に書類を発見した。

『なんで捨ててあるの。自分なら、ミスしたものは破って捨てるし、嫌な予感がする。
でも、勘違いかもしれないし。』
と様子をみることにした。

しかし、数日後も再び歯ブラシが黒くなっており、その上、今度はいつも棚の定位置においているお気に入りのボールペンが紛失している。

『やはり、おかしい。。。』


 ふと、最近、信子が水筒を持ち歩いていること、荷物を持ってこないとに気がついた。

 「織田さん、最近荷物ロッカーに置いてきてるの?」とやすこが尋ねると、信子は小声で答えた。

 「そうなんです。ちょっと、カバンの中に、死んだゴキブリが入っていたことがあって。気持ち悪くて。」

「もしかして、その水筒もなにか理由があるの?」

 「実は、使っていた水筒に消毒用アルコールと思われるものを入れられたことがあって。怖くて、持ち歩くようにしてるんです。」

「なんで気づいたの?」

「味がへんなときが、何度かあって、ある日明らかに消毒用アルコール臭くて、外にアルコールジェルがべたっとが残っていたんです。びっくりして、平家さんと伊達さんにも確認してもらったんです。」

「えっ、ひどい。。そんなの誰がしたの?」

「わかりません。消毒用アルコールのジェルなんてみんな使ってますし。ただ、心当たりはあります。」

「心あたりって、だれ?」

「それは、、斎藤さんだと思います。私が妊娠したことが気に入らないみたいで、連絡がきたので。」

「えっ、斎藤さんから?」

「ちょっと、これ見て下さい。」

 信子から、メールを見せてもらう。

 それは、入社間もない状態で妊娠し、産休育休を取得しようとする信子への恨みつらみが長文で書かれていた。

「これは、辛いね。でも、斉藤さんも長年頑張ってきたから、織田さんも仕事をもう少し頑張ってから、産休や育休に入ってほしかったのかな。」

信子は、スマホの画面を消しながら、

「やすこさんまで、そんなことをいうんですか?
私だって、結婚して、妊娠して、普通に幸せになりたいんです。適齢期に妊娠して、なにが悪いんですか?」

「ごめん、そういうつもりじゃなくて、、、」

そういいつつも、やすこは『身勝手や自分本位と個人の幸福を追求するのは、何が違うのだろう。』と頭の片隅で考えていた。

信子は、涙目になり、少し沈黙してから、

「こちらこそ、すみません。最近、精神的にも不安定で。ホルモンのせいですかね。」

「いやいや、私もだよ。些細な事でも、落ち込みやすいから」

「源氏さんと清和先生にも相談しようか。」

「源氏さんには、話しましたが、証拠がないから何もできないと言われました。それに、スタッフ間のトラブルは、当人同士で解決してくださいと。」

「実は、私も共有パソコンのファイルが消されてたり、患者さんの情報が捨てられてたり、歯ブラシが黒くなってたんだよね。」

「私も、それ、全部されました。」

「そうかぁ、やっぱりおかしいよね。清和先生にも話してみようか。」

やすこは、清和へ電話をし、後日面談の約束を入れてもらった。

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