これからレコードでジャズを聴く人ための私的名盤紹介
自宅にあるレコードのうち7割はクラシックなのだけど、ジャズのレコードも少なからずあるということで、いくつかピックアップしてゆるりと紹介したいと思う。ここで挙げているレコード5枚は一般的なジャズの名盤というだけではなく、僕の持っているレコードの中で幅広く聴いて欲しいもの、かつ手に入れやすい価格帯のものに絞ったものなので偏ってはいると思うけど、これを読んでジャズレコードを手に取る人が少しでも増えることを願って紹介する。
ロード・ソング / ウェス・モンゴメリー
最初に紹介するのはジャズギタリストとして初めに名の挙がるウェス・モンゴメリー。
ウェス・モンゴメリーはそれまで部分的にしか使われなかったギターのオクターブ奏法を初めて本格的に使用したことで、ジャズギターの「革新者」と言われている。いまではロックシーンでもオクターブ奏法のないギターなんて考えられないけれど、それを定着させたのがウェスだと思うと、なんだかすごい(関係ないけどウェスと呼ぶとウェス・アンダーソンみたい)。
冒頭のタイトル曲『ロード・ソング』でもオクターブ奏法がふんだんに使われていて、その温かみのある音と共にすんなりと心に馴染んでくる。あとビートルズの曲も複数収録されている。僕のお気に入りはというと3曲目の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。このアルバムはどの曲もストリングスアレンジがしっかりしているのだけど、この曲はウェスのギターとハービー・ハンコックの弾くエレピの噛み合い方が息ぴったりで素晴らしい。
価格は状態によって600〜900円くらい。村上春樹のどれかの小説にウェス・モンゴメリーが出てきた記憶があって、でも何だったか思い出せない。数多くあるディスコグラフィの中からこのアルバムを初めに選んだのも村上春樹に倣ってのことだと思うんだけど。もしわかる方がいたら教えて欲しいです。
ポートレイト・イン・ジャズ / ビル・エヴァンス・トリオ
ジャズピアニストの話をする上で避けては通れないビル・エヴァンス。冒頭からCome Rain Or Come Shine、Autumn Leavesといった名曲が続く。『ポートレイト・イン・ジャズ』は僕がジャズを本格的に聴くきっかけにもなったアルバムだし、世の中のジャズリスナーにも同じような人は多くいるはず。このアルバムの魅力は何といってもその聴きやすさだと思う。針を落としてから再生が終わるまで、美しい旋律が次から次へと聞こえてくるので、緻密に練られたジャズの理論など一切抜きにして楽しめる。ビル・エヴァンスのピアノの音は粒のひとつひとつが意図を持って湧き出てきているようで、降ってくるのではなくこぼれおちるといった表現の方が適切だ。AppleMusicの解説に書かれているビル・エヴァンスの「色彩感覚」という表現も、初めはうまく飲み込めなかったけれど、様々なジャズのアルバムを聴いてからこのアルバムに戻ってくると少しは理解できる気がする。
僕の持っている写真のものは一昨年くらいに再販されたレコード。当時のレコードをそのまま手に入れようとすると万単位でお金がかかってしまうので、コレクターでなければオリジナルを買う必要は全くないと思う。再販の方にはBlue In Greenの別テイクが収録されていて、これがまた静寂の中にスパイスの散りばめられた素晴らしいテイク。これのためにこのレコード買っても良いくらい(一度リール動画で雑なカバーをした)。価格は再販が新品ということもあり、3,000円と少しだった気がする。
イースト・コースティング / チャールズ・ミンガス
ベーシストのミンガスは作曲家としての側面が強く、このアルバムも6曲のうち5曲はミンガスの作曲によるもの。彼のベースは太くて厚みのある演奏とよく言われるのだけど、全体で聴くと先の読めない不安と低音の安心感の同居した独特の響きがあって、楽器同士が知的な会話をしているような感じがする。あと、ちょっと煙が漂ってきそうなところもあるのは、今回取り上げた5枚の中ではいちばんジャズ喫茶のイメージに近いからかなあ。ピアノには先ほど紹介したビル・エヴァンスが参加している。価格は記憶では1,000円前後だったと思う。
ミンガス繋がりで触れておくと札幌のMingus Coffeeはとても居心地の良いカフェだった。北海道には何度か旅行で行っているけれど、モーニングの時間も日が暮れた後の空間も、美味しい珈琲と大きなスピーカーから流れるジャズが快適だったので忘れられない。ジム・ジャームッシュの映画のポスターも壁にかかっていた気がする。そういえばジョン・カサヴェテスの映画『アメリカの影』はミンガスが音楽をしていたっけ。
死刑台のエレベーター / マイルス・デイヴィス
『死刑台のエレベーター』はルイ・マルによる1958年公開のフランス映画で、ボリス・ヴィアンの紹介で監督と知り合ったマイルス・デイヴィスが音楽を担当した。ルイ・マルの監督デビュー作でもあり、マイルス・デイヴィスが初めて映画音楽を担当した映画でもある。彼がラッシュ・プリント(完全に編集が終わっていない段階のフィルム)を見ながら即興で演奏したというのは有名な嘘で、実は構想を練って何度もテイクを重ねたらしく、曲ごとに現れる緊張と緩和に身を任せていると映画の風景がありありと浮かび上がってくる。
価格は中古で1,000円くらいで、サウンドトラックではなくてマイルス・デイヴィスのコーナーにあることの方が多いかなあ。これを流せば一瞬で部屋がノワールの世界になること間違いなし。きっと哀愁漂うジャンヌ・モローになれる。
ルグラン・ジャズ / ミシェル・ルグラン
最後のレコードはフランス音楽界の天才、ミシェル・ルグランから1枚。
ミシェル・ルグランといえば『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』といったフランス映画で流れる美しい音楽の作曲者として有名なので、映画好きの方には馴染みのある名前だと思う。これは1958年に26歳のルグランが新婚旅行でアメリカを訪れた際に、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスといった超一流ジャズメンを呼んで録音したアルバム。A面から『チュニジアの夜』や『サヴォイでストンプ』といった、吹奏楽を通った人なら誰でも知っている(通ってなくても耳にしたことはあるような)曲が多いので、親近感は湧くと思う。
B面の『ラウンド・ミッドナイト』は僕の好きなセロニアス・モンクによるスタンダード・ナンバーなのだけど、これも冒頭からハープが使われたりと予測のつかない感じが面白い。価格は中古で700円くらい。ジャズコーナーが広めにあるレコードショップに行けば1枚くらいは置いてあるはず。しかもこのレコード、両面でなんと14曲も入っている!盛り沢山で楽しめるよ。
ジャズを聴く上での切り口なんて沢山あるし、自分の直感に従って気になるものから順に聴いていくのがいちばん良い聞き方だと思う。でも迷ったり新しいものに出会いたいと思ったときに、ここに挙げた5枚を選択肢として思い出してもらえたらとても嬉しい。
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