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北関東楽しい路線バスの旅①~関東自動車(旧東野交通)益子ーベルモール経由ー宇都宮東武~

北関東バス旅のすゝめ
 北関東、それは首都圏、いや全国有数のクルマ社会地帯である。一般社団法人日本自動車工業会の発表した「都道府県別自家用乗用車の100世帯当たり保有台数」では第4位から第6位を群馬、栃木、茨城の3県が独占している(注1)。したがって、1970年代の最盛期を境に、モータリゼーションの進行と共に路線バス網が縮小を続けているのが現状である。
 しかしながら、恐らく鉄道路線網が疎であることを背景に、最盛期を偲ばせるような乗りごたえのある路線が残存しているのも事実である。県庁所在地都市を出発し、途中の集落を経由しながら小都市とを結ぶ、車窓の変化が楽しい路線も数多く存在する。走る車両も、首都圏の大手事業者から中古購入した懐かしい車両や、事業者毎の個性豊かな自社発注車までバラエティに富んでいる。そんな北関東路線バスの魅力を紹介していきたい。なお記事中の写真は全て筆者が撮影したものであるが、別日に撮影されたものを含むイメージ画像である。

芳賀と県都を結ぶ短絡線
 陶芸で知られる栃木県益子町と、餃子の街であり栃木県の県都である宇都宮。距離は20km強と決して遠くはないのだが、二都市間を鉄道だけでアクセスしようとすると真岡鐡道で下館に行き、JR水戸線に乗り換え小山駅に出て、JR東北本線に乗り継ぐ必要がある。このルートで移動する場合、営業キロは70km、所要時間は約2時間、運賃は約1600円と時間・金銭共に大幅なロスが生じる。このため、この二都市間の移動には東野交通(現:関東自動車東野平出営業所)の路線バスが活躍してきた。路線バスを利用すれば所要時間は72分、運賃は益子駅~宇都宮駅まで1170円と鉄道を乗り継ぐルートに比べて効率的である。そのため、需要が旺盛と見えて平日14往復、土曜13往復、日曜6往復と中距離路線にしては頻繁な運行本数が確保されている。
 しかしながら、2023年3月をめどに宇都宮駅~清原工業団地間にLRTが整備される計画があり、このバス路線もLRT開業に伴う何らかの既存の交通網再編計画の影響を受ける可能性があるなど、先行きは安泰ではない。

乗車レポ~旧道とモールとネイザンロードと古式ゆかしいターミナル~
 上記の実情を踏まえ、早期に乗っておくのが良いだろうと考え乗車を決行した。SLもおか号の乗車と合わせ、日曜日ダイヤの益子駅16:40発、宇都宮東武行きの上り最終便に乗車することとなった。
 16時35分、駅西にある待機場から回送されてきたバスが駅ロータリーの乗り場に到着した。私の他に2人の乗客を乗せ、定刻通りに発車した。車両は宇都宮200か13-37、旧東野交通の元兄弟会社である東武バスから移籍した、富士重工車体の大型ワンステップバスである。バスファンや沿線の方ならお分かりだろうが、この世代の東武バス車両の座席は硬いプラスチックに申し訳程度のクッションのついたもので、宇都宮までの72分が思いやられるものとなった。

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 益子駅前を発車したバスは、町の中心市街地である本通りの商店街を走り、しばらくして城内坂の交差点を過ぎ陶芸工房の立ち並ぶエリアへと入る。日曜日の日没後とあり、普段は観光客でにぎわうこの一帯も人影はまばらになっていた。道祖土(サヤド)という難読地名の交差点で左折し、ようやく西へ針路をとる。こちらも工房や喫茶店の立ち並ぶエリアとなっているがやはり人影はまばらである。参考館にほど近い、道祖土下バス停でスーツケースを抱えた乗客を乗せる。宇都宮駅から新幹線で帰宅する旅行者だろうと推測するが、このルートを知っているとは、この地に通い詰める熱心な陶芸の愛好家の方かもしれない。
 栗崎の交差点で右折し北へ針路を変える。地図上で確認すると、本通りからここまでは直線距離であれば400mのところを、利便性を考慮して陶芸エリアの外周を描くようにぐるっと遠回りしているようだ。風戸交差点を右折し、旧道に入る。七井の狭い駅前通りをクネクネと抜けて、七井駅西の交差点で新道に合流する。
 すっかり日が落ち、真っ暗になった国道123号線をバスはひたすら西進する。市貝町をかすめ、芳賀町を抜け、宇都宮市に入る。鐺山(コテヤマ)という難読地名の交差点に差し掛かると、益子に向けて走る下り便とすれ違う。下り便の座席は埋まっており、数人の立ち客も認められたことからもこの路線の需要の高さがうかがい知れる。
 バスは律儀にも旧道の鬼怒橋を通る。旧道の鬼怒橋は鉄道のようなトラス橋で美しい。鬼怒橋を抜けるといよいよ宇都宮市の郊外に入ってゆく。宇都宮大学陽東キャンパスの南側をかすめ、宇大工学部交差点を右折しベルモールへ立ち寄るために進路を北に取り陽東さくら通りに入る。
 日曜日の夕方ということもあり、ベルモール周辺は買い物を終えた客の自家用車で混雑している。ベルモールの敷地には、丁寧にバスロータリーが整備されており、ベルモールで宇都宮方面に折り返すシャトル便が待機していた。バスは駐車場から出庫する車の動線を遮りながらロータリーに出入りする必要があり、ロータリーの出入口には「停車禁止」のマーキングが施されている。この構造は少しユニークなので、GoogleMapなどで確認してみることをお勧めしたい。
 予想に反し、ベルモールで乗降する乗客は1人もおらず、バスは再び陽東さくら通りを南下して国道123号線に戻る。ベルモールから帰宅する自家用車の車列に巻き込まれ、一向に進まない。実はこの路線、定時性の確保が難しいという欠点を抱えている。バスロケーションシステムを見ると、週末午後の下り便を中心に40分近い遅れが生じていることも珍しくないのだが、これには中距離を走るために道路状況に左右されやすいという事情に加え、ベルモール近辺での渋滞に巻き込まれてしまうことが挙げられる。
 たった700mの道のりを、15分近くかけてようやく国道123号線にたどり着く。ここからは混雑しているものの、流れはスムーズであっという間に東北本線と交差するガードを抜ける。線路を越えた後は、南大通り4丁目と宮の橋でそれぞれ右折し、宇都宮駅西口を目指す。宇都宮駅西口では私以外の乗客が全員降車した。全て益子エリアからの乗り通し乗客であり、中距離需要の高さを目の当たりにしてやや嬉しい気分になる。

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 駅前ロータリーを抜け、宮の橋を渡るといよいよラストスパートとなる宇都宮市の大通りに入る。ここから東武駅前までの一帯は宇都宮市の目抜き通りであり、高層ビルやホテル、商業施設などが立ち並ぶ。また、宇都宮駅西口発着のバス路線はこの大通りに集まるので、バスの車列が出来上がることも珍しくない。さながら宇都宮のネイザン・ロードだなあと感心しているうちに大工町、馬場町、県庁前と過ぎ終点の宇都宮東武バスターミナルに到着した。予定時刻より8分遅れの18時7分、1時間25分の長旅であった。先述のカチコチシートに座り続けていたので尻が痛い。
 宇都宮東武バスターミナルは東武宇都宮駅と宇都宮東武百貨店の1階に設けられたターミナルで、旧東野交通の路線のターミナルとなっている。JR駅から離れた街の中心部に設けられた私鉄のターミナルデパートという佇まいがとても好ましい。

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このような構造となっているのは、2016年まで東野交通が東武鉄道グループの傘下であったことに由来する。かつてのライバルであった関東自動車がJR宇都宮駅を拠点としていたのと対照的である(注2)。
 ターミナル構内に建てられたポールには、経営統合以前に廃止になった馬頭・喜連川方面の案内が残っており、往時の雰囲気を偲ばせている。

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 最後に、東野交通の「聖地巡礼」をしてJR駅前に戻ろうと思う。東武宇都宮駅東口にある、ファミリーマートの入っているビル。ここは東野交通の車庫があった場所で、1980年代に現在の西原車庫に移転した後、跡地に雑居ビルを建てたものだ。このビルの名前こそ「ニュー108ビル」、そう沿線住民の方やバスファンの方にはお馴染みの"New108"のロゴはもともと、このビルのロゴとして誕生したものだったのだ(なんだか、似たようなロゴを東京の渋谷の方で見かけたような気がするのだが言わないのが大人というものである)。2013年頃までは"New108"の大きなサインも掲げられていたようだが、今は撤去されている。現在残されている名残は、エスカレーター横のテナント一覧に残るロゴのみである。
 経営統合から3年あまり、東野交通の痕跡は、LRT開業という大きな時代の波にさらわれて徐々に消えてゆくことだろう。かつて栃木県のバスの二大巨頭の一角をなした東野交通の痕跡、そして中距離の都市間移動の重要な足として、バスが活躍している姿が見られるのはそう長くもないだろう。みなさんも是非、餃子とカクテルと大谷石だけではない、「路線バスの街宇都宮」の姿を見に来てはいかがだろうか。

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注1:https://www.jama.or.jp/industry/four_wheeled/four_wheeled_3g3.html(最終閲覧日2021/12/19)による
注2:2018年の東野交通と関東自動車の経営統合以後は整理が進んでおり、2021年秋のダイヤ改正により宇都宮東武のターミナルに乗り入れる路線は真岡線、益子線、ベルモール線の主に3路線に限られている。

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