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祖父の話

 父方の祖父は、一緒に外食するたび、会計のおばちゃんに「この子、市の広報に載った子だよ」とさも自分が特集されたかのように話しかける。この慣れた物言いから推測するに、きっと私のいないジムでも、行きつけのコメダ珈琲でも、会う人会う人に言っている。二年前からずっと。買いたてのスマホで誌面を撮って、わざわざL版印刷して額縁に入れてくれた。雑誌の予備、手元に5冊も残ってるんだけどね。
 
 母方の祖父は野球と囲碁が好きだ。最近Youtubeを楽しんでいるらしいのでパソコンのブックマークに追加してあげた。テレビを野球と囲碁の中継に独占させていつも祖母に叱られている。そして耳が若干遠いのをいいことにそういう都合の悪い小言は全部聞こえないフリをする。今春、進学する○○大学のベースボールキャップをプレゼントした。そうしたら、どこに行くにもその帽子をかぶっている。かぶっていることすら忘れているだけかもしれないが、そのくらいかぶっている。「それ、○○のじゃん」というと反応しない。若干頬が緩んでいるので多分聞こえている。


 私は家では喋らない。部屋から出てこない。話を聞かない。常に事後報告。そもそも家にいない。

つくづく親不孝な娘だなあと心の中で反省だけはしている。

それでも見ていてくれて、本人の何倍も人の活躍を喜んでくれている人が家族にも友人にもいる。意外と、いる。


周りに、支えてくれる人がいるから、生きている。

というよりもたぶん、彼らに生かされている。

他者に生かされている。



それに気づいたとき、これじゃあみすみす死ねないなあと思った。


やっと、「他者のために」生きるという選択肢を思い出した。


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