見出し画像

日本人の気候危機への意識は低いのか?-ピュー・リサーチ・センターの調査より

気候危機・地球温暖化に対する市民意識の国際比較に関する調査がピュー・リサーチ・センターにより実施され、2021年9月14日にその結果が発表された。先進17か国・地域の1万8,000人以上を対象に実施されたこの調査は2015年の調査に引き続くものである。

この調査レポートの原文は以下になる。PDF版もダウンロード可能だ。

In Response to Climate Change, Citizens in Advanced Economies Are Willing To Alter How They Live and Work
Many doubt success of international efforts to reduce global warming

BY JAMES BELL, JACOB POUSHTER, MOIRA FAGAN AND CHRISTINE HUANG
https://www.pewresearch.org/global/2021/09/14/in-response-to-climate-change-citizens-in-advanced-economies-are-willing-to-alter-how-they-live-and-work/

この調査の概要は、CNNの日本語版にも載っている。タイトルを見ると、「日本だけが気候危機への意識が後退した。日本けしからん」とも取れそうな感じだ。

気候変動の個人的な影響に懸念増大、日本だけ大幅減少 先進国意識調査
2021.09.15 Wed posted at 17:50 JST
https://www.cnn.co.jp/world/35176729.html

では、本当に日本だけが意識が足りないのか?このCNNの記事は、都合のいいところを切り取っているのではないか??その可能性を考えて原文をさらにあたった。

その結果、正確には以下のことがいえるのではないかと思った。
・国際的には日本の意識が低いとは必ずしも言い切れない
・しかし、行動に移すとなると「他人事」感が強い
・「自分ではどうでできない問題」という諦めが広がっている可能性がある
・自己評価も国際的には「甘い」可能性がある
・気候危機対策の経済効果にも疑問が多いばかりでなく、自分の意見が持てない人が多い


1.気候危機への危機意識の国際比較


画像1

日本に関しては、「ある程度」懸念が48%、「非常に」懸念が26%で合計は74%。調査対象17の国・地域中9位である。日本人が抱く現状の懸念は決して低いとは言えない。それどころか、「全く」懸念していないという割合は5%と、韓国に続き、イタリアと並んで低い割合になっている。ただし、「ある程度」懸念の割合が一番高いのに対し、「非常に」懸念の割合はスウェーデン、オランダに続いて低いのも特徴である。

「非常に」懸念に関する2015年調査との比較は以下の通り。CNN日本語版に引用記事が見出しに取り上げたのはこの部分だろう。

画像2


グラフに現れていない国・地域を含めた詳細は以下の通り。

画像3


2015年との比較がある国に関していえば、「非常に」懸念の割合が低下したのは日本とアメリカだけである。日本における「非常に」懸念の割合は、2021年はドイツ、イギリス、オーストラリア、韓国、カナダ、アメリカといった8か国に抜かれてしまった。

日本では、気候危機の自分事感はほかの国よりむしろ大きかったはずなのが、ここ数年に関してはあまり広まっていないことがうかがえる。1つの要因は災害対策の進歩ももしかしたらあるのかもしれないが、毎年続く災害や猛暑に悪い意味で「慣れて」しまって、切迫感が減ってしまった、あるいは「考えてもしょうがない」「あまり考えたくない」といった「あきらめ」が潜在的に広がっていることが考えられる。

(他の国では)
ドイツ、イギリス、オーストラリア、韓国、スペインでは、気候危機の「自分事感」が強まっていることがうかがえる。その一方で、私のイメージとは異なり、スウェーデン、オランダ、ベルギーといった北欧諸国で懸念が「全く」「あまり」ない割合が高いのも驚きだ。この調査では世代、男女間の調査も行われているが、以下のグラフのように、スウェーデンでは世代間の気候意識の差が大きく、若者に比べ高齢者の危機意識が低いことが明らかになっている。とはいえ若者に限ってもスウェーデンの危機意識は他国より低い。北欧の福祉政策のほか、高緯度にあり猛暑や干ばつの影響が少ないことが影響しているかもしれない。

画像6


また、アメリカの危機意識が若干低下したのは、トランプ政権誕生の影響と思われる。その数値根拠は次項で示す。

2.気候危機に対する生活様式の変化意識

ピュー・リサーチ・センターのレポートの中で、一番考えさせられ、CNN日本語版の引用部分より私にはショッキングだったのは、「気候危機の影響を減らすために自分たちの生活をどれくらい変化させたいと思うか」というテーマに関する以下のグラフだ。

画像4


「変化させる意思」が飛びぬけて低いのは、何と日本だ。日本では、気候危機への懸念は決して低いとはいえないのに、その懸念が行動に結びついていないことがうかがえる。日本の回答は、「全く」変える気がない8%、「少ししか」変える気がない36%、合計44%。40%を超えるのは日本だけで、オランダ、台湾の計30%を大きく引き離している。そして、「大きく」変えるつもりとする割合は、日本は8%と調査対象の国・地域中最下位となっており、2番目に低いオランダ(20%)の半分すらない。

その一方で、「ある程度」変えるとする割合は48%で、ドイツ、オランダとに次いで、カナダと並んで高い。「全く」変える気がないとする割合についていえば、アメリカ(11%)、オランダ(9%)のように、日本より高い国もある。日本が飛びぬけて高いのは、「少ししか」変える気がない割合だ。日本の回答はグラフでいえば真ん中に集まっているのも特徴で、「全く」変える気がない、「大きく」変えるつもりの割合の合計は16%と、最も低くなっている。

このグラフから言えることは何か。日本でも意識高くある程度行動を起こしている層は根強くいる一方、「自分たちの行動には限界がある」「どうせ大きく動かない」と考えるか、あるいは、「まずできることから」のマインドセットに縛られ過ぎて、大きなアクションを起こしにくいことが考えられる。「現状維持」でよしとしたい気持ちが強い日本人気質もあるのだろう。SDGsバッジさえつけとけばその気になるだろう、最近は行政がやかましいから仕方なく、という層もいるのではないか。これが「全く」変える気がない割合は高くなくても、「少ししか」変える気がない層が圧倒的に多い結果になっているように思う。

(他の国では)
気候危機への懸念があまり高くないはずのスウェーデンで、気候危機に対処して生活を変えたい意向が強いのはある意味驚きで、日本の傾向と正反対といっていい。同国で考えられるのは、意識の高い層の存在、途上国も含めた他国の問題も自分事として捉える層が高いこと、さらに、同国出身のグレタ・トゥーンベリさんの存在もあると思う。
ギリシアやイタリアでは「大きく」変えるつもりとする割合が50%を超え高くなっているのも特徴だ。熱波や山火事、干ばつにさらされやすい気象条件が背景にあるのだろうか。
アメリカで「全く」変える気がないとする割合が高いのは、意識の分断や気候危機対策へ反発する層の存在が大きいことが考えられる。その動きを支えたのが2017年1月から4年間続いたトランプ政権の影響だろう。実は、アメリカは、日本とともに、気候危機への危機意識が低下した国でもある。このレポートでは政治思想別の調査も行われているが、アメリカの右派層の気候危機への意識の低さは抜けており、「大きく」「ある程度」変えるつもりとした割合は、同国では政治思想の左右別で49ポイントも開いている。

画像5

3.自国市民の気候危機への取り組みの評価

画像7

日本では、高評価(49%)と低評価(47%)の割合が拮抗し、「とてもよい」が5%、「いくぶんよい」が44%、「いくぶん悪い」が41%、「とても悪い」が6%となっている。他国との比較では目立った特徴がある結果にはなっていないが、2.項で取り上げた「気候危機に対する生活変容の意識」が低い割には、「自分たちの行動の評価は高い」感じだ。

これは、悪い言い方をすれば、日本人は「気候危機の行動に対する自己評価が甘い」ともとれる。「まず出来ることから」の観点が「出来ることさえやれば広がりや大きな目標は考えなくていい」といった感じで曲解されている可能性がある。

(他の国では)
スウェーデン、イギリス、シンガポール、ニュージーランド、カナダでは高評価の割合が高い一方、全般に高評価、低評価が拮抗している国が多い。また、生活の変化に向けた意識の高いイタリアやギリシアで、自国民の取り組みに対する低評価の割合が高くなっている。低評価が高評価を上回ったのはアメリカ、イタリア、韓国、台湾の4か国・地域で、アメリカで「とても悪い」の割合が15%と高いのは、政治的右派の意識の低さに対する反発や批判が反映されている可能性がある。

4.気候危機への国際的取り組みが経済にもたらす影響

画像8

日本では「概ね利益となる」とする割合は19%とフランスに次いで低い一方、「概ね悪影響となる」とする割合は30%と、アメリカ、カナダに次いで高い。前者が後者を上回るのは日本、アメリカ、フランスだが、この割合の差(11ポイント)は、この3か国中最も高くなっている。対象の国・地域「影響はない」とする割合は31%と韓国に続きドイツ、アメリカと並んで低い。また、「わからない」とする回答割合が20%と台湾に次いで高いのも特徴である。

全般に、日本では「気候危機対策と経済は両立しない」「気候危機対策は経済に悪影響を及ぼす」考えが根強いことがうかがえる。そして、「わからない」とする割合の層の高さも気になる点だ。その背景としては、地球環境・経済いずれに対してもリテラシーが低い層が多いこと、言い換えれば、どちらも「自分事」として捉えられない層が多いことがあるのではないか。どこかのTV番組ではないが「ぼーっと生きている」人が多いともいえる。「どうせ関係ないのだから考えてもしょうがない」というマインドセットが実は強い表れではないか。「わからない」が多い点は決して無視できまい。

(他の国では)
「概ね利益となる」とする割合が最も高く(51%)、「概ね悪影響となる」とする割合が最も低い(9%)のはスウェーデンで、同国では前者が後者を42ポイント上回っている。「概ね利益となる」とする割合が次いで高いのは韓国(46%)だが、ここでは「概ね悪影響となる」とする割合(29%)も高い。アメリカ、カナダでは、「概ね利益となる」「影響はない」「概ね悪影響となる」の割合が拮抗している。


まとめ

この調査内容からみて、日本でも気候危機に対する対応の必要を感じる層は一定程度存在する一方で、広がりやビジョンを欠き、「出来ることをやった」自己満足にとどまることも多いことがうかがえる。日本人は気候危機を「自分事」にできない層ではない。意識は低くはない。そのきっかけを失っているだけのように思う。

一点あげると、日本では「気候危機対策」と他の多くの分野のつながりを意識しきれていない課題があるのではないか。言い換えれば、「気候危機対策×○○」で世の中をよりよくするという視点が乏しいことだ。これに気づかされたのが、雨天にたたられた今年の全国高校野球大会をめぐる世論だろう。

このツイート、実は私だ。これに対する反応が実に興味深い。

画像9

https://twitter.com/clutchman_jp/status/1427780303024574464

「マジカルバナナ強そう」なんてものがあって、はじめ「何だろう」と思ったが、要は高校野球と気候危機を結び付けられなかったということだろう。そして、「気候危機はどうにも対応できず手に負えない」「非現実的」「野球とは別問題」と言った声の多さに、あまりに驚かされた。
この反応と、ピュー・リサーチ・センターの調査結果は、実は結構つながっているような気がしてならない。

SDGsの大きな特徴として、17の目標の間の相互連関がある。気候危機に関連する目標13も、他の目標と密接に結びついている。現在放送中の朝ドラ「おかえりモネ」のテーマの1つが気候で、スポーツ気象学もテーマとして取りあげられた。「気候危機対策×SDGs×●●」の視点を広げれば、実は潜在的には結構あるはずの日本人の気候への「自分ごと」意識をさらに広げ、大きな問題を変える力になると意識できるのではないか。この意識ができれば、次回の調査結果は日本にとってもっといい方に変わるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?