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「野球だけ」「1つのことだけ」の是非-大谷選手をめぐるSNS世論から

 私が気になって調べた旧ツイッター上のキーワードがある。これは「野球だけ」だ。
 そのきっかけは、言うまでもなく、水原一平氏をめぐるあの騒動だろう。現地報道では大谷本人の関与を疑うもの、大谷本人に対して説明責任を求めるものが多くなっている感じだ。日本人の大谷ファンにとって受け入れたくない厳しい現実があるようだ。この厳しい批判の急先鋒的存在として、旧ツイッター上では「めいろま」氏が挙げられる。

 以降は、前段の事件の内容や経緯は省き、これに起因する「野球だけ」のキーワードに絞る。このキーワードに対して、ネガティブなもの、ポジティブなものが混じっている。
 まずネガティブなものから。「野球だけしかできないようではだめ。もっと社会の常識を知れ」「英語のコミュニケーションを学べ」という論調だ。「野球だけしかできない」「野球しかしない」ペルソナへの批判ともいえる。

 ポジティブなもの。「野球だけに集中してほしい」「野球だけに集中させてあげたい」簡単にまとめるとこうだ。


 ここで1つ疑問が出てきた。「1つのことだけに集中するのは本当に正しいことだろうか?」と。
 今のところの私の仮説は、まとめるとこうなるか。
(1)1つのことに集中するのは悪いことではなく、メリットも多い。
(2)目標以外に目を向けるべきものもある。それは社会課題への関心だ。

 「1つのことに集中することの大事さ」を強調されるのは、野球界だけでもスポーツ界だけでもない。その1つが、シリコンバレーエリアをはじめとするスタートアップだろう。ベンチャーキャピタルなどからスタートアップの重要な要素とされているものが「1つのことに集中したCrazyになる」ことだ。「世の中を変える」「社会を変える」これらはスタートアップに必要不可欠なミッションとされ、その実現のためにはある意味「狂人なくらい」自分のミッションに集中しやり抜くことが求められる。「一般常識人である」「幅広い一般常識に長けている」のは、むしろマイナス要素とみられる。語弊があるかもしれないが「気ちがい」の方が高評価なのだ。シリコンバレーエリアを中心とするアメリカ西海岸では、この空気や雰囲気が、いわゆる「GAFA」、テスラやスペースXの創業者であるイーロン・マスクを生み出し、シリコンバレーの豊かさを生み出したともいえる。
 1つのことだけに集中できるためにどうしても必要なことが、「必要だけど生産性のない雑務をほかの人に任せる」ことだ。何でもかんでも1人で抱え込んでしまうと、今度は自分がやるべき生産的なものに注ぎ込むエネルギーがそがれてしまう。だからスタートアップでは財務面も含めたチーム作りが大事ともいわれる。スタートアップに必要な3つの要素として「チーム、チーム、チーム」を挙げる人もいるくらいだ。
 これをスポーツ界の状況に戻して考えると、自分がプレーに集中するためには代理人やスタッフの存在が欠かせなくなる。大谷選手の場合は「通訳」がそこに加わる。

 このように、「財務や雑務などを切り離して本来の生産性ある1つのことに集中する」ことは、悪いことどころかむしろメリットが多いと言える。しかし、この問題は、「生産性と雑務」の二元論で片づけられるのだろうか?スポーツの果たす役割や社会的価値を考えた場合、私には、別の意味でアスリートが「集中していようとも忘れてはいけない」財務や金銭管理以上のことがあると思う。それは、社会課題への関心だ。
 「人を集める」「人をつなぐ」「人を巻き込む」がスポーツの力として大きなものであり、地域密着の観点からもスポーツの発信力の役割はますます高くなっている。その一方で、昨今では、気候危機、貧困、格差、ジェンダーの不平等、働き方…などの社会課題が深化している。SDGsが生まれたのも、世界的にこうした課題解決のニーズが高いからであろう。スポーツには、こうした社会課題解決のハブとなる役割が求められてくるはずだ。その発信力の中心となる存在は、言うまでもなく選手である。現下の社会情勢や社会課題、さらにスポーツの社会的役割を考えれば、こうした社会課題への意識は、いくら選手が1つのことに集中していようと全く無関心でいることはできない。いや、それはもはや許されない領域になっているのかもしれない。「経理は代理人やスタッフに任せても、発信力は任せることができない」のだ。
 さらにいえば、社会課題への関心は、選手自身のプレー環境にも跳ね返ってくる。そのいい例が気候危機である。「猛暑で野球ができない」「暖冬でスキーができない」というのは、選手にとっても自分ごとの領域である。

 最初のキーワードに立ち返って私なりの仮説をまとめると、以下のようになる。
・パフォーマンス向上にフォーカスするには雑務を切り離し「野球だけ」とするのが重要
・しかし、「野球だけ」の頭で社会課題を切り離すのは間違い

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(追記)
 この機会に、大谷選手のマンダラチャートを見返してみた。その中の8つの柱の1つが「人間性」の要素で、「感性、愛される人間、計画性、思いやり、感謝、礼儀、信頼される人間、継続力」にさらに分かれている。野球関係以外の要素では、特に対人関係を重視していたことがうかがえる。一方で、ここに何かの社会課題の解決の目標があったら、さらに素晴らしいものになったような気もする。これは個人的意見だが。

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