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#52私の四段審査 ~合格した日、受動から能動へ

前回「四段審査は受動なら能動への進化の第一歩だと思う」という記事を書きました。
三段までは、基本をしっかりとならうことで合格できますが、四段には「攻め」「崩す」そして打つという理合いが問われます。
問われる部分ももちろん先人にならうことにはなりますが、その先は自分で考え、体現する必要があります。そこを理解しないと、次のステップには進めません。
これは、さらに突き詰めたものが六段審査のときにまた出てきます。
そこでまた私も含む多くの愛好家が壁にぶちあたることになるのですが、この四段と六段を前に停滞してしまい、何かしら理由をつけて段審査を受けなくなるという人が結構いるものです。
ちなみにここでは、審査制度自体に反対しているから受審しない、という方は含まないでおきますので、ご承知おきを。

■いざ四回目

前の投稿に書いたように、私は四回目の審査で四段審査に合格しました。
その四回目の審査がどんなものだったのか。特に一人目の立ち合いは30年近く経とうとしている今もはっきり覚えています。39番という受審番号も覚えていて、一緒に受けに行った同門の20歳以上離れているお仲間に「サンキュー!」って受かっちゃいなよ。と言われたことまでセットで覚えています(笑)

それまで比較的早い番号で受審していた私にとって、39人目というのはかなり時間があるように思えました。
緊張はあまりしていませんでしたが、上に書いたお仲間とは年代も会場も違うので、完全に別行動でした。
ひとりで自分の前の立ち合いをずっと見て「やっぱりレベルが高いなあ。大学の剣道部員って強いなあ…」などと他人事のように考えていたのですが、やはりあと2グループくらいになってくると「いよいよだ」と気持ちも高まってきました。

◼️できなくてもいいから…授けられていた助言

審査前、前日までに先生から言われていたことは「できなくてもいいから、中心を取り合うフリだけでもしてなさい。そうすれば、急いで打ちに行くこともなくなるし、まわりもああ、こいつはわかってるなって思ってくれるから」

ちなみに、今でもこの「とにかく中心を取り合うフリだけでもしていろ」というアドバイスが一番効いた、と思っています。

■我慢??の一人目

出番が来て改めて相手の立ち姿をみると体も大きく、どうみても強そうだったので、結構うろたえました。
うろたえたまま、立礼して蹲踞して立ち上がり、とりあえずいつものように中心を取り合うことをしてみようかなーと構えていると、その「してみようかなー」という最中に…

相手がドーンと豪快な面を打ってきました。

私はそのとき、咄嗟のことで反応もできず、いわゆるバックリと打たれた格好に。
「えー、まだ早いんだけど…(汗)」
と思いながら横を打ち抜けていった相手を追いかけます。とりあえず中心取らなきゃ、と思っているので、再びじっくりとそれを試みているとまた初太刀と同じような面を打たれました。
「えー、まだなんだって(汗)」
そう思いながら、また打ち抜けていく相手を追いかけます。試合だったら秒殺、というやつです。
三合目ともなるとさすがにこのままではまずいんではないだろうかという気が頭をもたげました。
なんとか打つ機会を、と思ったのですが、「とにかく技前に何かをしてから」という「フリ」が体に染みついていますので、すぐには打っていけません。結局、また相手に飛び込み面を決められました。
初太刀から三本見事に打ち込まれて、今思えばよく諦めなかったものです。

さっきまで勢いのあった相手は三本も打ち込んだから守りに入ろうと思ったのでしょうか。構えあい、少し落ち着いた空気を感じます。
動きの止まったように感じたところを小手。不十分だったので、その小手から面へ。それが部位を捉えていたのかは正直未だにわかりません。
とりあえず自分も技を出せたというところで、あとはもう考えなくなりました。

相手が出てくるところを無意識に面。出ばなの面を打ったという自覚はありませんでしたが、浮き上がることもなく、普段道場で行っている基本稽古のように面を打って抜けることができたのが、不思議な感覚だったのは今もよく覚えています。
そろそろ時間かな、というところ、もう一度中心を取りに行くかなと思い、相手の剣先を抑えたところで出てこられた面を返して胴に。

「止め」

あー、時間か…ふと自分の竹刀に目をやると、相手の受審番号のシールが先にくっついてしまっていました。胴を打った際に垂を撫でたのでしょう。
立会の係員の方と私、お相手でちょっとの間、これどうしよう??と思っていると審査員の御一人が係員に「もうおさめていいよ」と言っているのが聞こえました。
おそらくわずか数秒を残し、その立ち合いは終了。
結果的に、比較的手数の多い大学生20代の受審者のなかで、出した技は3本のみで終わってしまいました。

■夢中??の二人目

そのまま連続で二人目です。
結局私は、一人目の相手に豪快な面を三本も打ち込まれ、その後も相手はどんどん打ってきていたので間違いなく劣勢だと思っていました。
「これは二人目で思い切り挽回しないとマズイ」
そう思った私は、中心を取るとかどうということは忘れ、相手をひたすらに打ちまくりに行ってやろうと思いながら立礼をして三歩前に出ていきました。

二人目はもう、やれることを全部やりました。
普段の私はほぼ「面だけ剣道」なのですが、このときはワンパターンになってはいけないと思い、表から押さえて手元を上げさせて小手から入り、飛び込み面、出ばな面はもちろん、相手が下がるところを追って小手面。「渡りのコテメンは評価されない」なんて関係ありません。返し胴も打って相手に打たれるかもなんてことは考えもしませんでした。
闇雲…といえる内容でしたが、一つ言えるのは、すべての技を出す前に必ずひとつ「攻め」を入れるのは徹底していました。
とはいえ、私の一人目の立ち合いの様子を見てどうするか対策を練っていたであろう二人目の相手にとって、前情報は何の参考にもならなかったと思います。

◼️立ち合い終了

終了し、手応えがどうだったか?
気になるところですが、一人目の内容が劣勢と思っていたし、二人目ももしかすれば打ちすぎだったので、これで合格できるかはわかりませんでした。
ただ「これでダメだったらもう、どうしたらいいかはわからない」という感覚だったのを覚えています。

自分の番号が掲示されていたときはもう、飛び上がらんばかりに喜びました。七段まで受けた審査の中で一番うれしかったのは今でもこの四段審査です。
私のグループで合格したのは自分一人でしたし、「昇段審査」に関しては体育会でバリバリ稽古している同世代の中におかれても通じるんだと思えました。

■今回のあとがき

審査って手数の多い少ないではないんだな。それよりも「技前」のほうが大事なんだ…そう思えた四段審査でした。
当時はあまりわからなかったのですが、四段に合格できてこんなにうれしかったのは、自分の意志で審査に挑戦し、そのために部活動ではなく自ら学んでいったことで合格できたこと。この先、同じようにコツコツやっていけば自分でも世の中に通用する剣道ができるのかもしれないと、感じることができた喜びだったと思います。

その頃にはもう「高校時代に身に着けた剣道をキープする」なんて考えは浮かばなくなっていました。

当時は携帯電話もなかったので、公衆電話から実家に電話をかけました。
家にいた母親に合格を伝えても、母親は私が剣道をしている姿を最後に見たのは小学6年の頃です。四段審査というものがどんなものなのかもわかっていなかったのですが、「部活にも入ってないのによく審査なんて受けて合格したね」と言われ、何か実感するものがあったのでした。

その頃から使っていた生地胴です。
昇段審査は黒の呂色の胴で望んでいます。


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