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君と浅い関係を築きたいのだ

2022年ももうすぐ終わる。
年末のこの時期になると、映画ファンの自分はその年の映画ベスト選定に明け暮れるものだ。
今年は音楽に熱中したこともあり、初めてアルバムベストを作成した。
音楽初心者だったにも関わらず、毎日大量の音楽を浴びるように聴き続けたことで、ジャンルレスなアルバムランキングを作れるまでになった。
悩みに悩んでベスト10を完成させた時、達成感でなぜか泣きそうになった(笑)
独学でよくここまできた、と自分を褒めたくもなった。

一年を通して夢中になった映画や音楽を振り返りながら、同時に、それら以上に心の支えとなっていた存在のことを考える。
そんな相手との関係性について綴っておきたくなった。

自分には、1, 2週間に一度くらいの頻度で、その期間に出逢った印象的な映画、音楽、アート、珈琲なんかをチャットで紹介し合う、不定期発行のZINEみたいな関係の友人がいる。
むしろ、こういう関係じゃないと自分は続かない。
連絡のタイミングはお互いに気まぐれ。返信に強制力はないし(もちろんスピードも求めてないから数日後に返信とかでも問題なし)、紹介されたものを全てチェックする必要もない。でも、自分が気に入ったものを片っ端から推す、というよりは、なんとなく相手も好きそうなものをピックアップする。それもプレゼントのように必死に選別するわけではなく、あくまで“なんとなく”。とにかく気楽だ(笑)
暗黙のルールといえば、相手の趣味を否定しないこと、そして、わざわざ嫌いなものを紹介しないこと、くらいかな。

毎日連絡を取り合い、即レスするには自分たちの日常は忙しすぎる。
仕事が休みの日だってそれぞれ違うのだから。
かといって一年に一度のペースでは、その時発見した好きな“何か”への熱が冷めてしまう。
数週間ごと、というのは絶妙な頻度なのだ。

ここで、ある人は疑問に思うかもしれない。
「じゃあもし、たまたま特定の期間に大量に好きな音楽を見つけてしまったら、その分連絡は頻繁になるのでは?」と。
良い視点だね。
でも、答えは予想の逆だ。

例えば、傑作アルバムに連続で遭遇するようなことがあれば、(少なくとも)自分はその研究に没頭するはずだ。
何度も繰り返し聴き込んだり、そのバンドやシンガーについて調べまくったり。
とても誰かに説明している暇はない。
落ち着くまでは一人で集中したい。
なぜなら、音楽が好きだから。
誰かに知識を自慢したり、承認欲求のために音楽ファンをやっているわけじゃない。
ただ、音楽が好きなんだ。

相手はそのこともちゃんと理解してくれているのだろう。
プロの批評ではなく、純粋に音楽を楽しんでいる人の、その人なりの好みを知りたいと思ってくれている。
そんなさりげない信頼を嬉しく感じる。

別の人はこう考えもするだろうか。
「そこまでお互いに信頼関係を築けているのなら、悩み相談とかもするのでは?」と。
確かに。
仲良くなれば、他の話題に発展しても不思議ではない。
だけど実際は、『趣味トーク』の枠をはみ出ない。

仕事で嫌なことがあった時、そりゃ自分もどこかへ吐き出したい気にもなる。
ぐっと押し込んでいた感情をぶつけたくもなる。
でもなんでだろう、その選択を取らなかった。
代わりに、Apple Musicのリンクを友人に送信する。
「これ、最近ハマっている曲」というシンプルなコメントを添えて。
数時間後、「いいね」というこれまたシンプルなコメントが返ってくる。
いつの間にか自分は落ち着きを取り戻している。
おそらく、仕事における負の感情を自宅にまで持ち込みたくない、と意識しているのかもしれない。
家で過ごす時間は、趣味や研究に没頭したいタイプなのだ。
どれだけ時間を費やしても足りないほど、世界は魅力的なアートで溢れている。

今年の春のある日、オーディオショップのオーナーである父が言っていた。
「仕事をしている社会人が一日に聴けるレコードの枚数を平均して一枚、休日なら数枚聴けるかな?……と仮定すると、好きなレコードを全部聴くのにいったいどれだけの期間が必要なのか」
父は接客中で、そばで雑用をしながら耳に入った会話だったのだけど、父にしてはなかなかおもしろい問題提起だ(なぜか上から目線 笑)、と印象に残った。
その言葉が頭から離れず、朝から晩までひたすら音楽を聴く生活スタイルになった。
特別な音楽と出逢うためには人生はあまりにも短い。
自分はまだ「何が好きか」すらわかっていないのだから。

お互いまだ20代で、新しいものを貪欲に吸収できる柔軟性を持っているけど。
もっと歳を取っても、この感覚を持ち続けられたらいいな、と思う。

一般的な意味での友達とは違う。
確実に恋人ではない。
この関係性に名前はない。
「時々趣味を語る相手」とそのまま言葉で表現すれば簡単そうに聞こえるけど、“あえて”知り合って数週間くらいの浅い関係をキープし続けているわけでしょ?
それ以上深い関係になれば自然と複雑な他の事柄が生じてしまう可能性があるし、なかなか高度なことをやっているのでは?

知り合ってどれくらい経つだろう。
少なくとも3年は経っている。
これまで大きな衝突はなくとも、アイデンティティについて悩んでいたせいで混乱が生じた時期はあった。
自分たちは数年かけて、この“知り合って数週間くらいの関係”を築いているわけだ。
変だね。
「自分のasexualityと関連しているのかも?」と思ったけど、「別にaceコミュニティに属していなくても成立する関係だな」と考え直した。
これは、人間や恋愛よりも、芸術に対して強い感情を抱いた結果だ。

クリスマスイブの夜。
手作りのスイーツの写真が送られてくる。
大人数の賑やかなパーティーやレストランの豪華なディナーとは雰囲気が違う、ささやかなケーキの写真。
これぞDIY精神。
意外性に微笑みながら、こちらはキャンドルナイトの画像を送信する。
「良いクリスマスだ」とお互いに言い合う。
一人だけど、孤独ではなかった。
それは、決して強がりでも、寂しさを共有できる相手がいるからでもない。
独自の考えを持ち、創造性で遊び、そして、その生き方に自分自身で誇りを持てるからだ。

もし、同じような感性を持つ自由な人がいたらぜひ声をかけてほしい。
自分は君と浅い、かけがえのない関係を築きたいのだ。




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