深化と探索

経営学に「両利きの経営」というイノベーション理論があります。スタンフォード大学のジェームズ・マーチ教授が発表した論文をもとに、チャールズ・オライリー教授、マイケル・タッシュマン教授が実務の世界に適用したといわれます。

イノベーションといえば、ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」が有名ですが、世界の学術的なイノベーション研究でより多く取り上げられているのは、イノベーションのジレンマよりも両利きの経営であるといいます。

その両利きの経営において、知の「深化」と「探索」という行動が重要視されており、それぞれ以下のような意味合いです。

探索:自社・自身の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げる行為
深化:試したことの中から選んで深堀りし、磨き込んでいく活動

両利きの経営 チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン

新しいことを探したり試すのが探索で、活動範囲を集中的・重点的に絞ることが深化であるとも言い換えられます。

なぜ深化と探索が重要なのかというと、人の認知には限界があるためです。本来の世界は圧倒的に広いはずですが、人は馴染みのある事、経験済であったり既知のことしか認知することができず、それ以外のことは実際に目の前で事象が生じていても気づくことができません。

そこで、今まで経験したことのないことや、馴染みのない分野へ切り込んでいく「探索」的な活動が重要になります。

一方で、探索ばかりをし続けてもいきなり大当たりして大成功ということはなかなか起こりえません。ビギナーズラックはあるかもしれませんが、基本的には成功や大きな成果は、継続に基づく信頼関係や、基礎的な修練に支えられて達成されることが多いためです。

1つの領域を深堀りして知見や技能が得られれば、別の分野を探索しているときにも、その深堀りした知見を元にして新たな価値を認知しやすくなります。このように、深化と探索は両輪で回していくことが重要です。

上述のように、両利きの経営は経営学におけるイノベーション研究の一分野で語られる概念ですが、個人の行動にも同じように示唆を与えてくれるように思います。

物事が完全に独立して存在しているということは稀で、大抵の場合は他の分野と繋がっているものであり、ある分野における定石を転用することで別の分野で成果を容易に出せたりすることもあり得ます。

一つの領域をある程度深堀りできたと思えたら、気分転換も兼ねて「探索」的な行動をとってみると新しい気づきが得られたり、機会に恵まれることもあるかもしれません。

個人的な経験談として周囲のすごい人を見ていても、意識的か無意識なのかは別として、深化と探索的な行動をバランス良く取られている方が多いように思います。本職では百戦錬磨の経験を持ちながら、TwitterやNoteでも積極的に発信されている方、激務をこなしながらもMBAやスクールで学ばれている方、高度な専門分野を持ちながら趣味も相当なレベルで継続されている方、活動的・行動的でフットワーク軽く幅広い交流をされている方などなど。

人には性格や行動特性があるため、深化と探索のどちらかに偏るケースが多いように思います。自分はどちら寄りか考えてみて、普段はできていない方へ少し振ってみるのも面白そうです。

また、期間限定(今月、今年など)でどちらかを重点的に試してみるのも良いのではないかと思います。筆者は独立直後から、とりあえず何でも試してみようと相当に探索寄りを意識して動いてきましたが、おかげさまで運と縁に恵まれて色々と新しい機会を頂けたため、最近はそれらでより価値を出せるよう少し深化に寄せる意識で動いています。

一つの領域を集中して極めることは素晴らしいことであり、ひたすらに新しいことに挑戦し続けるのもまた、中々真似のできないすごいことです。一方で、深化と探索のバランスを考えながら活動の方向性を決めてみるのもまた一興かもしれません。

参考文献
世界標準の経営理論 入山 章栄
両利きの経営 チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン


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