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クラウン*ベスのアメリカ体験記 vol.24

エリザベスは米国で”地上最大のショウ” リングリングサーカスのブルーユニットに入団! 今回は前回の続きで空中ブランコの「The Tur」についてなど綴ります。


The Tur(ザ・ター)について

サーカスの花形と言えば空中ブランコです。リングリングサーカス128thエディション「サイドショー」ツアーの空中ブランコ団は「The Tur」。一座のリーダーはセルゲイ・ター。10歳の時に体操を学びその時にサーカスに入団することを決心します。実際にサーカスに出向いて入団したいと申し出た時には「君は少し歳をとりすぎているんじゃないの?」と言われたそうだけれど、実際に技を見せたら文句なく入団したそうです。彼は18歳でスポーツの達人となりソ連のスポーツチャンピオンになりました。「TheTur」のアクトはリング1とリング2の2つのリングいっぱいに貼られたネットの上で地上30フィート上で行われます。

「The Tur」のアーティスト。中央がリーダーのセルゲイ。向かって右がオクサナ。向かって左は後ろ姿のビタリー。

「空中ゆりかご」のような金属のフレームで作られた空中器具のステーションがネットの中央に設置され、キャッチャーはフレームに膝を曲げ頭を逆さまにしてぶら下がります。彼らが使うブランコは通常のロープでつられたブランコではなく、金属製のスイングです。ステーションから左右に定距離に設置された金属製のスイングにもキャッチャーが膝を曲げて頭を逆さまにぶら下がっています。フライヤーは中央のフレームから左右どちらかのブランコへ投げられ回転したりしながらまた中央に戻ってきます。8人のフライヤーは一流の体操選手たちです。女性は2名。ワイヤーアクトのキロス同様、「The Tur」のアクトは危険なだけに彼らはいつも真剣で普段は物静かです。ショーの前のウオームアップやショーの後の毎日の練習もふざけたりしているのをみたことがありません。彼らの空中アクロバットのディスプレーのタイトルは「The Touch」(ザ・タッチ)。彼らの演技を見ていると、手と手が触れ合うタイミングがどれほど重要なのかよくわかります。アクトのクライマックスは、ベテランフライヤー、ビタリー・コロロフ(Vitaliy Korolov) がリング2のスイングからリング1のスイングへセンターのステーションを飛び越えて約70フィート(約21m)の距離をたった一回の信じ難いスイングのみで飛んでいきます。スピードが命のこの技は着地を失敗するだけでも危険。毎回ビタリーがこの難技を完璧に成し遂げているスキルは神業としか言いようがありません。

70フィート飛ぶビタリー・コロロフのフィナーレ


フライヤーたちは日本がお好き?

私達がリングリングサーカスに入団した当時は、「サイドショー」ツアーは2年目でツアー最後の年。いつも静かなフライヤー達と親しくなる機会はあまりありませんでした。しかし、次の年、新たに契約をし、新しいショーのキャストになった時は、フライヤー達の何人かはプロダクションアーティストとしてリングリングサーカスに残ることになり、その時は話す機会も増えお互いを知ることができて楽しい経験をしました。その時感じたのは、ロシア出身のアーティスト達は日本が大好きな人が多いということ。日本でサーカス関係の仕事をしたアーティストも多く、その時にとても良い経験をしたという人は多々いました。
ある日、私がツアーが終わった時日本に帰国することを彼らの1人に伝えると、日本に帰った時に薬局で粘着パッド低周波の電池使用のマッサージ器を買ってきてほしい、と頼まれました。そのフライヤーは日本で仕事をした時に当時良く売られていたマッサージ器を購入し使ってみたらすごく効き目が良くまだ使っているけどポンコツなので、支払いはするから新しいものを買ってきてほしいとのことでした。私がそれを引き受けることを伝えたら、他のロシア人や彼らの親しいブルガリア人のアーティスト達も「私もほしい」と言い出して、その時はマッサージ機6機を買って帰りました。みんなに手渡した時は、すごくありがたがられたのを良く覚えています。

フライヤー達が愛用した低周波治療器オムロン、エルパルス

サーカス以外にも、例えば村上春樹の小説に凝っているフライヤーが日本人の私以上に彼の小説にくわしかったり。普段はおとなしいのにこの時だけは嬉しそうに村上小説談議に花が咲きました。女性フライヤーの1人、オクサナとは自然に仲良くなり、休みの日に作りすぎたスープを持ってきてくれたり、彼女が履けなくなったパンツをもらったり、私よりずっと若いのにとてもしっかりしていて私にとってまるで姉のような存在でした。サーカスでは芸種は皆違うけれど、仕事が終われば皆家族の一員のように自然に接し、楽しければ一緒に笑い悲しいことがあれば一緒に励まし合う、まるでおとぎ話のような居心地の良い大家族の一員のような経験は、今思い返すと本当に懐かしいです。

続く。。。



書いたのは、

エリザベス

1990年クラウンカレッジジャパン2期卒業生。7年間日本でクラウンとして活躍後、渡米。アメリカとカナダのサーカスで10年間クラウニングを続行。その後10年間マクドナルドのクラウン、ロナルドのアシスタントを務める。現在アメリカ在住。

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