こころに芽生えたクローバー 第1章 『行きたくない』 1話
その1 - 幼少
ワイワイガヤガヤ…
教室に響き渡る騒ぎ声。
僕は輪に入ろうと思わない。だって、楽しくないから。
誘われて遊ぶことはあるものの、やっぱり楽しくない。
所謂、精神年齢が高い、ってことなのかなぁ。
「タケルくんはほんま大人しくていい子やなぁ〜」
月に一度は聞く言葉。「いい子」と呼ばれても嬉しくないし、僕は作り笑いをするしかなかった。
休みの日。
親はよく外に連れていってくれた。
散歩、バレーボール、旅行…
とても楽しかった。でも、なぜかずっと気を張っている自分がいた気がする。
なぜだろう。思い出せない。
近所の年上の友だちともよく遊んだ。そこは唯一僕がワガママを言える場所だった。
幸せだな、と感じていた。
バレーボールは母の付き添いで、コートの外で遊んでいた。
チームのおばちゃん達にいつも可愛がられる。
みんなに愛されている。なんか、それは嫌じゃなかったんだ。
飲み会についていったり、試合で少し遠くまで行ったり。
それでも可愛がってくれるおばちゃん達がいた。
幼稚園には休むことなく通う。みんなと遊ぶのは楽しくないけど、先生と喋ったりするのは楽しかったんだ。ピアノの練習をしたり、跳び箱6段を飛んだり。
そんな幼稚園だが、どうしても行事には参加したくなかった。
遠足。
「はい!じゃあここでお弁当の時間ね!ブルーシート敷いてみんなで食べようね」
…心臓がバクバクする。食べられるかな。
僕の敷いたブルーシートに、何人かが寄ってくる。
「一緒に食べよー!」「俺も!」
嬉しい。僕なんかと一緒に食べたいと思ってくれるのが嬉しい。
でも…食べられるかな。親が作ってくれたおにぎり2つ。
先生は言った。
「はい!じゃあみんなでいただきますしようね!せーの!」
「いただきますっ!」
この瞬間、僕は戦闘モードに入った。
とにかく早く食べ切らないと。でもみんなと喋りながら食べないと。
おにぎりをひと口。
『うっ』…僕の脳内で吐き気を催す。
速い脈がはっきりと伝わる。食べる手が止まる。友だちはお弁当箱1/3ほどを既に食べていた。
僕は涙をこぼした。手が震える。
「タケルくん、だいじょうぶー?」
友だちが声をかけてくれた。
そして、先生に伝えてくれた。
先生が僕のところまで来てくれた。
「もう食べれへんか?残していいしね!」
ありがとう…ありがたい…
母には申し訳ないと思いつつ、食べかけのおにぎりを風呂敷で包む。
その瞬間、ものすごく楽になった。肩の荷が一気に降りた。
友だちとも普通に話せるし、苦痛は感じない。
この頃から会食恐怖などがあったのだろうか。
僕はこの頃からお腹も弱かった。
ある日朝一番に幼稚園に到着すると、お腹が痛くなった。
帰るまで持つ気がしなかったので、仕方なくトイレへ向かった。
和式タイプで座っていると、上から年上の人たちが覗いてきた。
「うわー!こいつ大やん!!きもー!!」
トイレでひとりで泣いた。その日はこのことで頭がいっぱいになった。
その日以来、幼稚園の和式トイレに入ることはほぼなかっただろう。
行くとしても、先生についてきてもらった。申し訳ないとは思ったけど、トラウマ級だったんだ。
さて、幼稚園の中で最も大きかったのが「お泊まり保育」と呼ばれるもの。
これが一番つらかったかもしれない。
身内でもない子たちと寝泊まりするんだよ…?
この頃の僕は分離不安もかなり強く、母親のそばにいないと安心できなかった。でも、行くしかないんだ。
プールで遊んだり、カレー作ったり、ずっと心臓がバクバクしていた。
このあと、カレーをみんなで食べるからだ。
「タケルくんどれくらいー?」
先生が量を聞いてくれた。
『少なめで!食べられへんから…』
解ってくれたのかな。それでも多いぞ…?
またやってきた。いただきますの時間。
「いただきますー!」
心臓の高鳴りが収まらない。汗が止まらない。泣きそう。
少ないはずなのに、なんでこんなに多いの…?
周りを見渡す。あ、みんなよりは少ない。
でも…僕にとっては多いんだ…
味も感じられなかった。視界が涙でにじむ。
『先生、もう無理…』
「もうちょっと食べられへん?」
泣いた。限界なんだ。
「わかった!もう残して大丈夫やで!」
ありがとう…ありがとう…
残したのはいいものの、みんなはまだ食べている。
さて、その間僕はどこでどう過ごそう。焦っていた。
トイレや廊下をうろつく。
(みんな食べ終わったかな…?)
様子を伺いながらこっそりと座っていた場所へ戻る。
さて、寝る時間。もう、僕の心はパンクしそうだ。
こんなたくさん布団を敷いて寝るの…?
(しかも真ん中やん…逃げられへん)
消灯時間。部屋の電気が消えた。
真っ暗な中、僕はひとり泣いていた。
過呼吸になりながら、担任の先生の元へ駆け寄る。
「タケルくんどうしたん!」
…
「そっかぁ…やっぱりしんどいんやね」
廊下と繋がる階段で、先生と二人で座り込む。
『もう…無理…帰りたい…』
僕は涙が止まらず過呼吸がまた始まる。
「お母さんの声、聞く?」
先生はそう言ってくれた。
『うん、お願い…』
先生は連絡帳を見て僕の家に電話をかけた。
そして少し話したあと、僕に受話器を渡してくれた。
『もしもし…?お母さん…?』
「どうしたん丈瑠。泣かんとき…」
『帰りたい…』
「うーん、でも頑張ろ!明日になったら帰れるんやから!」
『いやや…帰りたい…!』
「もうちょっと頑張ろ!今日は寝て、明日すぐ帰っておいで!」
僕はもう無理だと思い、『わかった』と一言告げた。
そして先生の隣で一番出入り口に近いところで寝ることになった。
今思えばありがたいことだった。
気づいたら朝を迎えていた。
(やった…帰れる…)
しかし、朝ごはんはパンと牛乳だった。
そう。ひとりひとつずつ配られるのだ。
ノルマがはっきりしている。余計に苦しい。
僕は頑張って食べきれば帰れるんだ…!と思い、一口頑張った。
(うっ…)
…やっぱり無理だ。吐きそう。
心臓の鼓動は昨日ほどではないが、緊迫感がとてつもない。
担任の先生を探した。
…どこ…?遠い…?
あまり話したことのない先生に
『先生…パン食べられへん…』
と勇気を持って話した。
「もうちょっと頑張ろ!もうちょっと!」
もう、本当に吐きそうだった。
そこで泣き出した僕を見て、先生は担任を呼んでくれた。
「わかった、こんだけにしとこか。牛乳だけ飲もうな!」
『ありがとう先生…』
夜、朝とまともに食べずだったが、無事お泊り保育を終え帰宅した。
泣いて母に抱きついた。
本当につらかった。いくら担任が優しくても、あの空間、集団生活は苦手。
もう二度と体験したくない、と強く思った。
その2 - 入学から
無事幼稚園を卒業した僕は、小学校の入学式を迎えた。
嫌だけど、なぜか無感情状態。親と校門の前で離れ、教室へ向かう。
机に名前が貼られており、そこに座った。
教室を見渡すと、まだ数名しかいなかった。
いきなり恐怖に襲われて泣き出す。過呼吸。
でもどうしたらいいの…職員室?どこ…?
近くを通った先生らしき人が
「どうしたんや?」と聞いてくれた。
僕はパニック状態で上手く話せなかった。
とりあえず、人の少ないところで休ませてくださった。
その後、担任になる先生が横を通ろうとした。
「お!あわだ先生のクラスの子ですよね?」
助けてくれた先生が担任にそう伝えた。
「おぉ、どうしたー丈瑠くん!大丈夫か?」
喋ったことないのに、親近感を覚えた。
『怖くて…しんどいです』
「よっしゃ、じゃあ先生と一緒に教室行こうな!」
そういって先生は僕の手をそっと握り、教室に向かう。
僕は教室に入るまでに涙は拭かないと…と思ってハンカチで目を押さえて深く息を吸うも、逆効果だった。
先生は泣き止むまで教室前の廊下で一緒にいてくれた。
「大丈夫やしな!安心してや。しんどくなったらすぐ先生に言いや!」
とても…心強かった。数分後、準備はできた。よし、教室に入ろう。
教室に入ると、席は埋まっていた。
みんなの視線が一気に僕に集まる。
あ…待たせた感じか、入学式遅れるやん…やらかした。
僕は目を合わせないように、教室の一番奥にある席へと向かった。
その後、なんとか入学式を終え帰宅。どっと疲れた。
はぁ…自分はなんでこんなに弱いんだろう。
情けない。いや、それよりも不安感が勝った。
こんなところで6年間過ごすのか。地獄だ。
もちろん毎日給食の時間がある。
4時間目が終わるのが苦しかった。どうせならこのまま授業してほしい…
毎日4時間の午前授業だったらいいのに…
いつもそう願っていた。
研修授業があって午前で帰宅できる日が僕にとっては神のような存在だった。
『先生…もう食べられへん…残してもいいですか…』
「んんー!?丈瑠…ほんまに…しゃあないなぁー!!」
怒った表情を見せるも、その後先生と僕の間に笑みが生まれる。
そんな日々だった。本当にありがたかった。
見た目や話し方からして貧弱な僕はいじめのターゲットとなった。
いじめとはいえ、小学校低学年だ。そんなたいそうなものではない。
よく泣かされた。
「先生呼んできたろか?」と、周りの子は言ってくれた。
僕がただいきなり泣き出したかのような空気。
いや…泣かされたんだよ…
先生は気づいてくれていたと思う。変にいじめるクラスメイトを挑発させないようにしてくれたんだろう。十分、子どもが大好きな" 愛 "で感じていたから。
彼岸花の茎の汁を飲まされたり、ほうきの先で歯を攻撃され歯が欠けたり、いろんなことがあったが、今考えたら可愛いもんだ。
さて、小学校にも「たてわり」というシステムがある。
名の通り、1年生から6年生までを縦に割り、ひとりずつ集めて6人の班を作るというもの。
そこで悪夢のような時間があった。
〈たてわり給食〉
え…担任は…?
もちろん知らない学年の知らないクラスへ行くんだ。先生も違う。
(残せないやん、食べなあかんやん、どうしよう…)
心臓がバクバクのまま、たてわり給食の日がやってきた。
6年生の班長がまとめてくれるのだが、たまたま優しい先輩だった。
事前に『体調が悪い』と伝えておいたので、「どれくらい食べられる?」と聞いてくれた。
少なくしてもらったが、ダメだ、心臓が…キツイ。
半泣きの目線で先輩に訴える。こっち見て…
「どうしたん?」
『しんどいです…』
「おっけい、先生に言ってくるね」
先輩が保健室まで連れていってくれた。
本当にいい先輩だった。
そんな小学校生活にも慣れ、学年も上がった。
でもあと5年もあるのか…
慣れた分、楽しめる時間も増えた。
担任も変わらずだったから、それも大きかったと思う。
先生と関わる時間がとても多く、幸せだった。
しかし、そんな日々に突然終わりを告げられる。
引っ越しが決まったのだ。
引っ越し、ということは〈転校〉するんだ。
せっかく慣れた環境、仲良くなった友達…
離れるんだ。つらかった。
全く知らない世界にまた飛び込むことになるんだから…
それからの日々は短かった。もう3月。転校だ。
みんなに泣きながらあいさつをした。
春休み期間、僕は不安しかなかった。
全く知らない土地。全く知らない環境。全く知らないクラスメイト。
考えるたびに泣いてしまう。3年生…なんて始まり方なんだ…
しかし現実は甘くない。
もう、始業式当日を迎えた。
僕は転校生で全校生徒の前で挨拶をしなければいけないので、早く学校に着いた。
校長室へ向かう。
そこで待ち受けていた人…
え…まさか…
ー 第1章 『行きたくない』 2話 へつづく ー
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