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私って場面緘黙なのかな?学校生活を振り返る。

みなさんどうも!Cloverです🍀 ̖́-


今回は、場面緘黙について私の経験を踏まえて書きたいと思います。

場面緘黙ってなに?

場面緘黙(かんもく)とは、家などではごく普通に話すことができるのに、例えば幼稚園や保育園、学校のような「特定の状況」では、1か月以上声を出して話すことができないことが続く状態をいいます。典型的には、「家ではおしゃべりで、家族とのコミュニケーションは全く問題ないのに、家族以外や学校で全く話せないことが続く」状態です。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/105/

典型的な例でも書かれているように、
私も、家では話せるのに、学校に行くと話せなくなっていました。
親とはいくらでも話せるのに、先生や友達、親戚とは上手く話せない…

私の学校生活

私の学校生活を振り返ってみます。

○小学生
「恥ずかしがり屋さん」でした。
2年生頃から少しいじめを受け始めて、周囲の目が怖くなって、余計に話す自信がなくなっていきました。

低学年のときは、男女関わらず、話せる人と話せない人で別れていました。
簡単に言うと、陽キャっぽい人は無理でした。笑

高学年の頃から、本当の友だちというのがいない気がしました。
周囲に友だちがいなかったときに、最終手段として私のところに来るという感じでした。他の友だちがいれば、まるで私のことは見えていないみたい。

○中学生
小学校の頃からの同級生がほとんど。

私が声を出さないから「なんか言ってみて。」と言われたこともあります。(場面緘黙あるあるですよね。)

この頃から特に異性と話すことは、ほぼ無くなっていました。

印象的なエピソードを1つ!
勇気を出して、業務的なことを伝えたくて、ある男子に話しかけました。その後、その男子が、私に話しかけられたことを他の男子と話していて、その会話が下駄箱越しに聞こえてしまいました。凄く恥ずかしかったし、なんだか傷つきました。

友だちはいるのに、いないっていう感じで、
一人ぼっちで昼休みをすごしていました。
一人でいるのが恥ずかしかったです。
(今は1人でいることが大好きなのですが、当時は慣れていませんでした。)
「一人でどう過ごせばいいの…昼休み早く過ぎないかな…」という気持ちで過ごす日々。

そして、女子ってなぜかグループになりますよね。
そのグループの輪に入ってないから、仲良い人がいるはずなのに、なぜか1人になるんですよね。女子って怖い。

○高校生
高校は、色々な学校から集まるから、新たな友だちができました!その友だちとは話せるように!!
今でも仲良くて、親友と思えるような、なんでも話せる友だちもできたのでそれは良かった。

でも小学校の頃からの同級生が多いから、
「話す私」になりたくても、怖くて話せるようになんかなれない…

新たに仲良くなった友だちとしか話さない生活でした。それ以外は一人ぼっち。
悲しいことに仲良い人とクラスが離れ離れで苦労しました。

まぁこの頃には正直1人に慣れ始めていました。笑

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私の場合は、友だちとなら話すことが出来ました。
あとは、業務的な内容なら、頑張れば友だち以外でも、話しかけれる感じです。
そして、先生から授業で当てられた時や、発表などでは話せていました。


これって場面緘黙に当てはまらないのかな?と思ったのですが、症状は多様みたいなので、場面緘黙ではないとは言い切れないようです。

原因を考える

私が場面緘黙だったかどうか、明確には言い切れませんが、話せなくなった原因を自分なりに考えてみました。

①そういう特性だった
小さい頃、やんちゃだった気はするのですが、素の自分の中に、緊張しやすくて、心配性な特性が隠れていたんだと思います。

②周囲からからかわれる
元々上に述べたような特性を持っていましたが、学校に行くようになると、周りとの違いを感じるようになります。

加えて、それをからかわれたり、みんなと違うからターゲットにしやすかったりして、余計に話せなくなったんだと感じます。

なぜか、上の学年の人からも、からかわれていて、それが本当に怖かったです。
小学校低学年の自分から見て小学校高学年の人って、凄い怖いじゃないですか…

③一人っ子で周りに同世代が少なかった
話すことって、周りの環境と経験の積み重ねだと思っています。

私は、おばあちゃんやおじいちゃんたちに囲まれて育ち、同世代の人となかなか話す環境がありませんでした。
だからこそ、同世代との話し方が分かりませんでした。今でも分かりません。笑

④精神的ストレス
私は、10代のうちに看取りを多く経験してきました。
恐らく高齢出産の課題の1つではないかと思っています。
父方、母方の祖父母、そして父の看取り。

大切な人が亡くなるというのは、言葉では言えない程、辛いですし、同時に精神的なストレスもかかります。

誰もが経験することですが、それを10代のうちに私はたくさん経験しました。正直受け止め切れていないのだと思います。


治った(?)きっかけ

治ったという言い方もいいのか分かりませんが、きっかけは、大学進学で環境が変わったからだと思っています。
小中高ずっと一緒だった同級生がたくさんいて、変わりたくても変われないと思っていました。
でも、大学に行ったら新たな人間関係が始まる!今まで一緒だった同級生はいない!
これで変われると思いました。

正直、友だちが多いとは言い切れませんが、仲良い友だちがいて、連絡とったり、遊んだり。

サークル活動を始めとして、積極的に色々な活動にも取り組めるようになりました!

話すのが苦手と言いつつ、将来人と関わる仕事がしたいと思っていますし、バイトも接客頑張ってます!不安もありつつ…

変わりたくても、学校生活ってなかなか環境を変えるのは難しいかもしれません。
何かの行事、イベントなどや進級、進学、就職のタイミングだと変わるチャンスがあるのかもしれません。
周囲の人が変わるという環境の変化は重要なのかも。一方で環境の変化はストレスもありますが💦
※個人的な意見です。

今でも話すのは苦手

今でも話すのが苦手です。
大人しい、あまり喋らない人です。
でもそれを他者から言われると傷つきます。

親とはペラペラ話せるんですけど、他の人とはどうしてもぎこちなくなってしまいます。

これまで話す経験が少なかった分、仕方ないのかも知れません。

私の人と話す上での悩みは、
「言葉を出すのに時間がかかる」
「感情の出し方が分からない」
「緊張して自分の話し方に自信が無い」
「話すと疲れる」

ことです。

上手く話せればもっと楽しいんだろうなと思いつつ…

今でも「大人しいね」と言われたり、話し方に違和感あるのか「緊張してるの?」と言われたり、グサッとくることもあります。

話す経験を増やしていきたいです。


サポートして欲しかった

小学生の頃に、「恥ずかしがり屋さん」で済まされずに、親や学校の先生からサポートして欲しかったな。
そしたら、今話すことにコンプレックスが無かったかも…

私が小学生のときは、場面緘黙は知れ渡っていなかったのかもしれません。

実際に、私が場面緘黙という言葉を知ったのも、大学に入ってからでした。
場面緘黙を知ったとき、思い当たり、
今までの経験と、場面緘黙という言葉が、
スっと一致した感じかしました。

今では、場面緘黙について本が出ていたり、インターネットで情報が見れたりして、
いいなと思っています。

このように現代では、情報が広まりつつある
場面緘黙。
それでも悩んでる方は、たくさんいると思います。早期発見し、周りの方の理解や、サポートが必要ですね。

学校の先生やカウンセラーの役割が大きいですね。また、本人や他の子どもたちにも、場面緘黙を知ってもらうというのも重要なのかもしれません。

文字や画像で表現出来るSNSもなにか上手く活用できたらと個人的に漠然と思います。


また、元場面緘黙だった方にもサポートが広まっていくことを願っています。
何かあるか調べてみようと思います。

こんな感じで、これからも場面緘黙について、知識を深ていこうと思っております。

症状も悩みも人それぞれだと思うので、治す方法などをハッキリと言い切ることは難しいです。

なので私の経験を書いてみました。
あくまでも1例です。

参考になるのか分かりませんが、
どなたかの参考になれば幸いです。

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