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2021.5.15 オフィスコットーネ『母MATKA』/吉祥寺シアター

カレル・チャペックの作品を観るのは今回で2度目。
初めて観たのは串田和美氏演出の『白い病気』(白い病)でした。
ストーリーや設定は寓意的なのに、理想を語るのでもなく啓蒙でもなく、最後までどこか神の視点のようなリアリズムさ(+シニカルさ)があって、「なんだか手塚治虫っぽい」(もちろんチャペックのほうが先なのだけれど)と思った記憶があります。

さて、今回の『母MATKA』。

母には5人の息子がいた。
長男のオンドラは戦地におもむき医学研究に身を捧げて死んだ。次男イジー、双子の三男コルネルと四男ペトルは軍人として戦うことを望むが、末息子のトニは夢見がちで、他の兄弟とは違っていた。
ある日、母のもとに戦死した夫とオンドラが幽霊になって現れ、「僕たちは大義のための死を悔いてはいない」と語る。隣国の敵も間近に迫る中、トニだけは戦争にとられまいと母は必死に守ろうとするが……

生きている家族と死んでいる家族が集う書斎で、死者は生きているときと同様に親しみやすく、愛情深い者として、母と会話する。
中盤になり書斎に幽霊が増えるにつれ、生きている者はどんどん外の世界の出来事に追い詰められ、幽霊の夫や息子や父親は「名誉」だの「栄光の歴史」だの「人類の進歩」だのを生き生きと語り、更にはトニが戦争に参加することを認めるよう母に迫る。

観ながら、書斎は国、幽霊は権力者、母は民衆の暗喩でもあるのかなと。
「幽霊は自分が真っ先に死ぬわけではないから、好き勝手なことを言えるものねぇ」なんて思っていたら、最後……。
衝撃でした。
あれほど戦争に行かせるのを拒んでいたのに、
「行きなさい」
とトニにライフルを渡す母。
もう心の中で「?!!」と。
権力者だけが戦争を推し進めるわけではないのだと、冷水をぶっかけられたようでした。そうでした、『白い病気』もそうでしたわ……。

ただ、この母の決断。
自分が戦火真っただ中のパレスチナやイスラエル、ミャンマーに住んでいたら、母の決断は当然のことと受け止めたはずで。
全編通して亡くなった父の書斎という一室で展開されたこと、家族という小単位でのやりとりだったこと、なにより母という女性が主人公だったことで、より正解が出ない問いを提示されたような気がします。

そしてコロナ渦の今だから、この戯曲を見て浮かんだ事がもう一つ。
「どうしてあたしだけが、母であるあたしが、女であるあたしが、男たちの大きな仕事(名誉や栄光)の為にとんでもない代償を払わされるの?」
「私の我が儘かもしれない。でも私にはトニしかいないの!」
という母の叫び。
国や自治体のコロナ対策に翻弄されているエンタメ業界や飲食店、五輪開催で板挟みになっているアスリートの叫びにも感じられてしまいました。
観客としても舞台を観に行くのも後ろめたい、この真綿で首を絞められる状態はいつまで続くのでしょうか……

話を戻して、今回の主役である母役の増子倭文江さん。
子供を前にしての母の顔と夫を前にしての女の顔、“母”という属性の二面性が見事に同居していて素晴らしかったです。また、母性愛と独占欲の絶妙な匙加減さ。現代日本に生きる私たちからみたら“毒親”と言われそうな過剰な過保護も「さもありなん」と思わせる説得力がありました。

ほかの出演者の皆さんも良かった。

父役の大谷亮介さんと父役の鈴木一功さん。
大谷さんも鈴木さんも、佇まいがどこか飄々としていて、イキイキとしている死者の代表でした。大谷さん、額縁の中から出てくるだけで面白い(笑)。
母の5人の息子たち・長男・オンドラ役の米村亮太朗さん、次男・イジー役の富岡晃一郎さん、双子の兄・コルネル役の西尾友樹さん、双子の弟役の林明寛さん。末っ子のトニ役の田中亨さん。
三者三様ならぬ五者五様の個性が光ってましたね。
西尾さんと林さんの双子。思想は違えど仲良く喧嘩している最初のほうは雰囲気が似ていて、体制と反体制に別れてどんどん距離が遠ざかるにつれどんどん似てなくなり、死者として再び再会したときはまた似た雰囲気に見えました。服装の違いだけじゃなくて、台詞の喋り方や表情の作り方で変化する、役者さんってすごいなぁと。

そして、演出の稲葉賀恵さん。
今回初めて拝見しましたが(演出助手として携わられていた作品はいくつか)、舞台を観て冗長に感じる箇所が全くなく、アフタートークを拝聴した限りでは緻密に練られているのに堅苦しくなく感じずで、次の作品もチェックしてみたいと思いました。五戸真理枝さんといい、生田みゆきさんといい、今の文学座は女性演出家が熱いです。


追伸
土曜日に観たのになんやかんやあって感想をもたもた書いていたら、17日の夜公演が関係者に体調不良者が出た為、大事を取って休演とのお知らせがありましたが、翌日「体調不良者含め、関係者全員のPCR検査を実施した結果、全員の陰性が確認されましたので公演を再開いたします。」と。
関係者ではありませんがホッとしました。
明日、無事千秋楽を迎えられますよう。


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